『浜辺の記憶』/御於紗馬

 かなり前の話だ。日本海のとある漁港に買いつけに行った時のこと。用が済み、荷物を旅館に置いて海岸沿いを散策していた。
 砂浜には小舟が並んでいた。まだ、こんな木の舟を使っているのかと感心していたのだが、突然、女の叫び声が耳に飛び込んだ。
 何事かと、声のした方へ急ぐ。男たちの輪の中に、若い女性が見え隠れする。濡れた長い黒髪が素肌に張り付き、肌の白さを際立たせていた。ため息が出るほど、美しい。
 割って入ろうとしたが、砂の上で身を捩る彼女には脚が無かった。代わりに巨大な尾びれが抵抗を続けている。驚いて歩みを止めてしまった。
「人魚じゃ。人じゃね」
 自分も、潮臭い男達に取り囲まれていた。
「ンナ、人魚を見るのは初めてか? 折角だから、ンナも喰ってけ」
「若ぇンは躍り喰ィが、旨ぇンよ」
 若い男が、人魚の腕を逆に捻る。枝が折れるような乾いた音と、彼女の悲鳴が上がる。肩から垂れ下がった腕を、小刀が切り裂いた。切り傷から真っ白な骨がみえる。流れる血潮が砂を染める。
 引き千切られた腕は、肘のところで真っ二つにされ、更に細かく分けられた。私に無造作に渡されたのは、彼女の小指。ゾクリとするほど冷たく、また、柔らかかった。
「カカァにゃあ毒だでな」
 苦痛にゆがむ、人魚の貌。
 美しい乳房を、無骨な指先がなぶる。
 腕を切り取った男は小刀を人魚の下腹部に突き刺した。紅い肉が覗く。男達はいつの間にか、下のものを脱ぎ捨てていた。
「ンナもやレ。すげ、具合えーど」
 どう帰ったのか分からない。気がつくと翌朝、宿の布団の中だった。渡された指はその時には無くなっていた。
 だが、掌にあの肉片の感触を思い出した翌朝は、口の中が妙に甘い。