2010-09-16から1日間の記事一覧

『昨夏のこと』/綾部ふゆ

昨年の夏に、宮城県と福島県の境にある、父方の本家へ遊びに行った時のことである。 本家の家は広く、そして古い。平屋建てで、玄関にはごつごつした上がり框があり、その真正面には台所があって、居間には大型の薄型テレビが置いてある。 居間の奥には大き…

『蛇除けの薬』/立花腑楽

歳の割に達者に見える祖母も、寄る年波には抗えないらしく、時折、体調を崩します。 体調不良の兆しは、まず自身の両腕の痺れから来るそうです。まるで、肩と腕との間の神経が、じわりと切られたように、徐々に制御と感覚を失ってしまうのだとか。 その度、…

『白浜幻想』/稲垣健

冬の東北、南部に仕事で行った。太平洋沿岸のある町へ行くはずが、降りる駅を間違えてしまった。時刻表を見ると次の列車が来るのは二時間後だった。訪問先に携帯で連絡をとろうとしたが圏外になっていた。駅に駅舎はなく、公衆電話もない。ホームに呆然と立…

お詫びと訂正

明神ちさとさまの『朧旅 〜山形〜』表示に不具合がありましたので、修正いたしました。http://d.hatena.ne.jp/michikwai/20100914/1284451124ここに訂正するとともに、明神さまにお詫び申し上げます。

『子供に手を引かれ』/料理男

山歩きが趣味の従兄弟が話し始める。 「結婚前、出羽三山を巡った時のことだ」 予定よりかなり遅れていた従兄弟は無理をし、山中で日が暮れてしまった。ただでさえ薄暗かったのが、今は自分の手の平さえはっきりしない。出発前に確認した懐中電灯も点かず、…

『女のありかた』/虹かずい

妻の仏壇の前に座る。15年前の笑顔がそこにある。 ふと、死の直前の、あの憎悪に満ちた妻の顔を撮っておけば、この女の遺影にふさわしかったか、と思った。 私の実家は、東北の旧家で、広大な山林を保有する金満家である。子供のころからお手伝いたちに坊…

『栄転』/虹かずい

定年を迎えた翌月、私は、数十年ぶりに故郷の東北に帰った。本社が東北にある下請け会社の社長のポストを空けてくれたのである。 ちいさな駅舎の前で待っていた車から運転手らしき男が降りてきて、ぺこぺこお辞儀をしながら、私にあいさつをしている。制帽と…

『いらねの滝』/虹かずい

息子の手を掴み、無言のまま土の斜面を登る。水音は、はっきり聞こえている。私は、ちら、と息子を見下ろすと、いっそう強く手を握った。 この子を今日中に。私の頭にあるのはそれだけだった。前妻との間の子。こいつがいると、あの女は私と結婚しない。 眼…

『道』/沼利 鴻

高台に上ると、少し先に蛇行した道が見える。叢林のその部分だけがぽっかり拓けていて、林から林へと縦断している道だ。剥き出しの赤茶けた地肌に一本の白い筋が川のように通っていて、チョークでも使って描かれたかのように平面的に見える。何処から来て何…

『あめゆじゅとてちてけんじゃ』/高柴三聞

あめゆじゅとてちてけんじゃ。 こんな北の地に来たところで、欺瞞であると、大雪の中一人思った。八十も過ぎて見知らぬ土地に一人旅である。吹雪くてぇのは、こんなに凄いのだな。雪混じりの風に身をさらす。寒さで自分の足が痺れて他人の足を操っているよう…

『わんこ蕎麦』/妖介

わんこ蕎麦は盛岡より花巻で食べる方が「通」だというが、とうとう食べそびれてしまった、と思って車を走らせていると、暗い街道の遠方に、ふっと懐かしいような橙色の灯りが見えた。近くまで来ると、それが民家風のレストランだとわかった。闇の中、そこだ…

『村ノ面』/妖介

満月の晩に隠れ神楽がある、と聞きつけ、ぼくらは、なけなしの金をはたいて、陸奥のその村に行った。差し障りがあるから村の名は伏せる。民俗学の調査だ。本来なら村人と親しくなり、心を許してもらって入りこむのが筋だが、ぼくらは待てなかった。黒いシャ…

『道ノ奥』/妖介

「だからさ、おれの車で行こうよ」 「おれのって、おまえ、車買ったのか」 「ああ、中古だけどな、格安だったんだ」 「まさか、事故車じゃないだろうな」 「バカだな。新車同然だよ」 「新車同然…じゃあ、なんで格安なんだ?」 「気にすんなよ。カーナビもつ…

『幸子』/金魚屋

サチコは本当なら、三年で年季奉公があけるはずだった。でもまだ、吉原で客をとらされている。「おっとうが金をねだってくる。あたしを花魁に売ったくせに」昭和の時代になっても花魁という言葉は残っていた。人身売買も禁止されているはずなのに不作が続け…

『天国』/千湖

母さんの実家は遠野で、代々農家。昔は馬も飼っていたそうだ。おじいちゃんとおばあちゃん、二人暮らしだったけれど、ある日、おばあちゃんが心臓発作でぽっくり逝ってしまい、脳梗塞の後遺症のあるおじいちゃんが残されてしまった。一人にするわけにもいか…

『口寄せ』/千湖

あたしがまだ小学校の低学年の頃のこと。 夏休みに、パパとママとあたしで、東北旅行に出かけた。 温泉の自炊宿なんかを泊まり歩いて、あたしたちはとうとう恐山にまでたどり着いた。 たくさんの観光客がいて、聞けばちょうど「大祭」だっていう。この時期に…

『自炊宿』/千湖

大学生の頃のこと、悩みを抱えリュック一つ担いで旅に出たことがある。当てもなくヒッチハイクや無賃乗車を重ねてたどり着いたのが、花巻温泉郷の奥にある鉛温泉だった。 自炊宿があり、安く長逗留できたのだ。 部屋は川に向かって窓が開けていて、すぐ下を…

『ケデ』/松 音戸子

裸婦像を描くためにモデルに来てもらった。雪のように色の白い女性だった。 あんまり白すぎて、見ていると寒々してきたから、脱いでいた服を着てもらうことにした。結わいていた髪もほどいてもらう。 長い髪の毛がはらりと垂れ落ちた時、藁のようなゴミがく…

『白い布』/チアーヌ

私は山形市の、山の麓の住宅街で育った。 秋口だったと思う。その日はとても良く晴れていた。小学校から帰って、家の二階から外を眺めていた私は、ふと妙な物に気がついた。山裾の林の木から、何か白い布のようなものがだらんと垂れ下がっているのが見えるの…

『剣舞い様』/皇

鬼剣舞いは北上で有名だが、発祥とされる念仏舞は各地にあり、一部は信仰の対象となっている。元が小角行者だけに田舎に行く程その法力は重い。日高見で十五の娘が殺された。地元の高校に通う、今時珍しく清楚なそれでいて明るい人気者であった。亡くなった…

『社説抜粋』/金魚屋

島根国立イタコ会館でのオープン祭は、初日の入場者がかるく3000人を超え、一ヶ月経った今日でも週末には長蛇の列ができている。「各都道府県にイタコ会館建設」をスローガンで発した『イタコ金』であるが、当初、野党の反対で危ぶまれていたものの、幸先の…

『野狐と私の勝負』/ミッチー芳賀

昭和20年3月学徒動員で多賀城で働いていた私は、東北本線仙台駅発夜の9時頃汽車で帰宅のため瀬峰駅まで乗った。途中空襲警報も発令され瀬峰着12時頃で真夜中である。 乗り換え支線の最終汽車も終わり、仕方なく家まで歩くことにした。同じ方面に歩く人…

『怪談に向かない土地』/板倉リエ

私の両親は、二人とも出身が福島県の相馬地方である。祖父母も、生まれてからずっとこの地を出たことがない。祖父母や親類に、「何か不思議な体験はない?」「こわい話知らない?」と聞いてみると、みんな口をそろえて、まったくないという。しつこく頼んで…

『十和田湖に浮かぶ』/添田健一

車に乗ってから、ふたりともどちらもなにもいわなくなった。後部座席。隣で夫は赤ら顔をさますべく、手で扇いでいる。 式のあとは、ふたりとも酔っ払っているからとホテルに運転代行を頼んでいた。ハンドルを握る業者のひとはいくつかのやりとりののちに黙っ…

『浜辺の記憶』/御於紗馬

かなり前の話だ。日本海のとある漁港に買いつけに行った時のこと。用が済み、荷物を旅館に置いて海岸沿いを散策していた。 砂浜には小舟が並んでいた。まだ、こんな木の舟を使っているのかと感心していたのだが、突然、女の叫び声が耳に飛び込んだ。 何事か…