『白浜幻想』/稲垣健

冬の東北、南部に仕事で行った。太平洋沿岸のある町へ行くはずが、降りる駅を間違えてしまった。時刻表を見ると次の列車が来るのは二時間後だった。訪問先に携帯で連絡をとろうとしたが圏外になっていた。駅に駅舎はなく、公衆電話もない。ホームに呆然と立って遠くを見渡すと海が広がっていた。手前に人家は数軒あるが、人の気配がまったくない。なにもかもどうでもよく思えてきた。浜にでも出て時間を潰そう。線路を渡って海岸に向かって坂を下った。
冷たい風が吹き荒ぶ。砂浜が延々と続く。この浜の砂はどこまでも白い。まるで石英が粉状になったようだ。手でつかんでもさらさらと指の間から落ちていく。風が吹く。風紋がつくられ、消えていく。
真っ青な空と真っ白な砂浜。狂ったように打ち寄せる波。強い風に煽られ、ふと目を閉じ、開けると、浜に真っ赤な炎が浮かんでいた。その中に見覚えのある人影が。
「父さん」と言うと、炎は消え、人影は首を振った。
「僕がみんなを殺したんだ。僕がもう少し早く・・・」涙が止まらない。
「あの火の勢いでは無理だったよ」
白砂に立つ父さんは微笑んで、
「母さんと幸せだよ。さあ行きなさい」
隣に立つ母さんも昔のままの優しい微笑みで私を見つめる。遠く波打ち際で立っているのは姉さんだ。
「姉さんがいたの知らなかったんだ」
姉さんは薄ら笑いを浮かべて、
「火をつけたのは私よ。あんたもおいで」
すると母さんが目をつり上げて姉さんの髪を掴むと、白砂の上にぽっと大きな赤い炎が浮かび、そして、みんな消えた。
夢中で坂を駆け上り、列車に飛び乗った。振り返って、目に飛び込んだのは案内板の「おんでやぁんせ黄泉ヶ浜」。涙に潤む目を遮るようにドアが静かに閉まった。