『蛇除けの薬』/立花腑楽

歳の割に達者に見える祖母も、寄る年波には抗えないらしく、時折、体調を崩します。
体調不良の兆しは、まず自身の両腕の痺れから来るそうです。まるで、肩と腕との間の神経が、じわりと切られたように、徐々に制御と感覚を失ってしまうのだとか。
その度、彼女は「蛇が憑いた」などと言います。蛇とは、彼女の故郷で古くから祀られている蛇神なのだそうです。
蛇に憑かれた祖母は、薬を飲みます。赤土みたいな茶色い粉薬です。彼女自身が調合した漢方薬なのだと思いますが、それが不思議と効くのです。その薬の材料が何なのかは、私は知りません。興味もありません。
結局、その薬の正体が知れたのは、ある時、私が旅行で家を空け、数日ぶりに帰宅した時でした。入り口を開けるなり、頬のこけた祖母が、両肩でいざり、私に近づいてきました。家中に、彼女のものと思われる糞便臭が漂っています。
肩で這い寄る彼女の両腕は、だらんと無力に弛緩し、きっと例の蛇憑きの症状が進行したのだなと理解しました。
「おばあちゃん、いつものお薬は?」
祖母の弱々しく動く顎が、部屋の隅の古箪笥を指します。その二段目を開けてみると、薬材を磨り潰す乳鉢とセットで、彼女の薬の材料と思しきものが入っていました。
下半身が欠落した土偶――。
祖母はこの土偶を突き崩し、蛇憑きの薬としていたのでしょうか。上半身のみですが、それは歴史の教科書に載せたくなるくらい、見事な形の遮光器 土偶でした。
とても大きな――そのくせ、細く開かれたその眼は、古代より続く、何かしらの憂いを伝えているような気がして、私は本当、不自然に唐突に、この 土偶を愛らしく感じてしまいました。先程から私の足に、這い寄った祖母の顔がぶつかってきているのですが、彼女のために、このカミサマを磨り潰し 与えてやることを、私はとても忍びなく思うのです。