『昨夏のこと』/綾部ふゆ

昨年の夏に、宮城県福島県の境にある、父方の本家へ遊びに行った時のことである。
本家の家は広く、そして古い。平屋建てで、玄関にはごつごつした上がり框があり、その真正面には台所があって、居間には大型の薄型テレビが置いてある。
居間の奥には大きな仏壇があり、その上の壁には長押を隠すように、沢山の遺影と見たことのない提灯やお面が飾ってあるので、なんだかどきどきしてしまう。お供え物も数が多く、おむすびや、ビール瓶や、掘り出したばかりの山菜のようなものや、随分昔に見なくなった駄菓子などが所狭しと供えてある。仏壇は、暗い色で構成されている為なのかそこだけが酷く落ち窪んで見えるのだが、余りにも迫力があるので、かえって華やかに見えた。
当主であるおじさんと酒盛りをしている両親の声をどこか遠くで聞きながら、仏壇を盗み見るようにしていた私に、仏壇の管理人でもあるおばさんが、線香をあげるようにと言ってきた。
ぎこちなく仏壇の前で正座をして、再び驚く。線香立ても、おりんも、とにかく大きい。
私は、おばさんに言われるがまま、矢張りとても大きな蝋燭で線香に火をつけた。
すると、急に家中の音が聞こえなくなり、仏壇の奥から、ひょるっと白い手のような布のようなものが出てきて、何かを掴むような動きを何回か繰り返した後にぱっと消えた。それと同時に、どこからともなく大勢の男女の笑い声が聞こえたかと思うと、数秒後に、家中の音が元に戻った。
慌てて隣のおばさんに顔を向けると、おばさんは蓮の花の模様が付いた真鍮の火消しを手に持ったまま「この季節は虫が多くてねえ」と、訛りの強い言葉で言って笑った。