『六部殺し』/地獄熊ベルモンド

 僕の実家は雪深い地方にある旧家で、戦後は没落したが、昔はかなり景気が良かったそうだ。かつてわが祖先は旅の六部を家に泊め、悪心を起こして持っていた大金を奪い、その金を元手に財を成したという。この話は直接祖父から聞いたのだが、後ろめたい様子もなく六部殺しの顛末を語り、土間の壁についた黒い染みを指差して「これが六部の断末魔の血じゃ」と自慢げな顔になったことが印象に残っている。
 この話は人前ではしなかったが、小学校の同窓会に出席した際、友人の一人が何かの拍子にふと「うちの先祖は旅の六部を殺したらしい」と漏らした。すると他の友人たちも「うちも実は……」と次々に六部殺しの話をはじめた。同窓会の出席率は三分の二程度だったが、その場にいた全員の家に六部殺しの歴史があるというのはいくらなんでも異常だ。それぞれが家に伝わる六部殺しの話を詳しくするうちに奇妙なことに気付いた。
 細かいディティールがきれいに一致していたのだ。左目が斜視ぎみで左足をひきずっていたという六部の風体も同じなら、時は大雪が降りしきる師走の晩、六部を殺した凶器は鎌、殺害現場は土間、というのも皆同じ。話せば話すほど、一致する点は増えていく。
 これはひとつの話が銘銘の家に伝わっているのではないか、と誰かが言うと皆が頷いた。では本当に六部を殺したのは誰の家なのか。誰もがうちの祖先が殺したんだ、と言って譲らない。言い争いはやがて殴り合いの喧嘩に発展し、最終的には救急車とパトカーが呼ばれる騒ぎになった。
 この騒動が元で仲の良かった友人たちとはすっかり疎遠になってしまった。あの時の喧嘩を思い出すと僕らは皆ちょっとどうかしていたと思う。けれど、六部を殺したのは僕の一族で、六部のもたらした富と幸福は僕に繋がるものなのだ。この事実は決して譲れない。