2010-09-17から1日間の記事一覧

『虹をくぐってしまった男』/清見ヶ原遊市

「姉さん、虹をくぐってきた」 弟は、興奮を抑えきれない様子で、玄関のドアを開けるなりそう言った。 弟の話によると、友人と二人で帰ってくる途中に、虹が出ているのを見付けたらしい。 それが自宅の方向だったので友人とふざけて虹を追いかけたところ、追…

『ややご様』/中原紅玉

大分以前だが、山形の祖父母は小さな雑貨店を営む傍らで、二つの神様を御世話していた。「みぃ様」と「ややご様」である。みぃ様とは「巳様」と書き、毎年決まった時期に店に現れる黄色い蛇の事だった。 僕が小学校三年の夏休み、父の仕事の都合で珍しくお盆…

『お菊の供養塔』/刈田王

マイホームを買った。新しい家に引っ越して来て、ひとつ気になることがあった。家鳴りである。夜になると、ギギギィーッと鳴るのだ。そんなことがあって一週間が過ぎたある日の朝、こんどはコップがひとりでに横に動いた。地震かなとも思ったが、家族皆が気…

『夜、叫ぶ』/御於紗馬

私の住んでいる築三十年超のアパートの隣は数年前まで空き地だったのですが、結構な値段の建売住宅が軒を連ねまして、唯一良かった日当たりがすっかり悪くなりました。当時は景気も良かったこともあって、販売から半月せずに全て埋まってしまったのですが、…

『枕』/大河原朗

座敷童が出たりしますか、と戯れに訊いてみた。 「うちは○○さんと違いましてね。もし座敷童がいたら、こんなみすぼらしい宿にはなっていないでしょ。お客様、もし見つけたら引き止めておいてくださいな。おほほ」 急に訛りがきつくなったので半分も聞き取れ…

『義経川』/高橋高広

旧盆に久しぶりに帰郷した私は近くを流れる義経川を上流に向かって歩いていた。 西の郡境から、山間を縫うように流れる小さな川である。 あれは夢だったのだろうか・・。そう思いながら川沿いにある細い杣道をひたすら上流に向かう。 今から十年前の中学三年…

『仙台北方の「七」にまつわる伝承』/もーりぃ

蝦夷と呼ばれる人々がまだ宮城県一帯にいた頃のことらしい。ある夏、百尺はあろうかという生き物が村に現れた。姿かたちは蜘蛛のようだが、足が六本しかなく、大きさを考えても蜘蛛とは呼べない。本来ならば人間と接触することなどなかったのだろうが、今年…

『ミッシングリンク』/村岡 好文

東京に住む私の父はこの春定年退職した。いわゆる団塊の世代だ。これからは趣味に生きるのだと言って、退職金でキャンピングカーを買った。これに乗って夫婦で高速道路を全線走破するのだそうだ。高速道路には24時間営業のサービスエリアもあるから、キャ…

『早春』/つむらけいすけ

早春の二月下旬、会社の仕事で長井市の営業所へ出張した。山形市内の本社から車で小一時間ばかりかかる。新潟県に近く冬は雪が多いので苦労する。この年は暖冬だった。といっても山越えの二四八号線はずっと白い雪の列だ。寒い日であった。午前十時半頃であ…

『蝦夷の唐櫃』/村岡 好文

志波城が築かれたのは、アテルイ降伏の翌年のことであった。蝦夷に対する最前線基地として、雫石川の南岸に、胆沢の鎮守府よりも広大な要塞が造営されたのである。ここには二千人以上の兵士と官人が暮らしていた。 犬丸は服属した志波郡の蝦夷に生まれた少年…

『滅びの駒音』/村岡 好文

平将門の乱から早や九年。将門討伐に成功した平貞盛は目論見どおり出世を遂げ、今や陸奥鎮守府将軍であった。その貞盛に、津軽で不穏な動きありとの報がもたらされた。 奥羽の地は、度重なる征討にも関わらず、夷狄たちの反抗が今なおくすぶっていたのだが、…

『ぼくのむら』/WAX

僕は大学生の頃から、東北の山奥にある田舎の村に通い続けている。老人しかいないその村に、なぜ通うようになったのかというと、そこに素晴らしいものがあったからである。 「まだ来たのか」 腰の曲がったお六さんが僕を見つけて声をかけてきた。 「うん。ま…

『エズ』/まるす

一昨年亡くなった花巻の祖父から、子供の頃に聞いた話です。 『けつぁオラがまんだ、おめえくれだ時(ずぎ)の話(はなす)。われ一人こで魚釣りはすて、はっぱど魚ッコ獲れねぐで、針ばり三本も取ってがれで、もじゃげで夕方(ばんかだ)家(え)さ帰(け)るどごだた…

『龍泉洞のヌシさま』/五十嵐彪太

水の底で、女の子が鞠つきをしていた。輝く鞠が、ぽむぽむと跳ねている。女の子は、私の視線に気がついたらしい。上を見上げて首をかしげた。 ――こっちへ来る? ――行ってもいいの? ――ヌシさまに聞いてみる。 鞠に触りたい。どんな触り心地だろう。行きたい…

『海坊主』/桜井涼

海坊主というのは、海の底に寺社を構える坊さんのことなんだと思っていた。幼い頃のことだが、海を眺めるのが好きだったわたしに「あんまり見てると海坊主に認められるぞ」と祖父はよくからかったが、坊さんに認められるなら良いではないか、むしろ海中の寺…

『犬と人形』/桜井涼

聡明な顔つきの犬は、突然けたたましく吠えると山中へ消えた。息子と二人で捜索したが、とうとう見つからず日が暮れ、帰らないとぐずる息子をなだめすかして当てなく登った山を下りはじめた。運良く持っていた灯りが役に立ったものの、疲れて再びぐずり出し…

『狐空』/まろうにい

「ナビに頼ったのは失敗だったか……。」 何度か漏れた独り言がまた漏れた。今更仕方がない。既にあの最後の角を曲がってから一時間が経つ。 目の前は薄暗い森か切り立つ崖に挟まれた細い道で、折り返そうにも無理だ。第一、運転は得意ではない。 なのに、三陸…

『散る散る満ちる』/八本正幸

最近みちのくを中心に、こんな歌が流行っているという。 「散る散る満ちる 紅い花 叶わぬ恋に泣きながら 闇に咲かせる 忍び花 そのひとすじの血しおで染めた 糸で紡いだ纐纈の 花嫁衣裳を誰が着る」 これは、許されぬ恋に悩んで自殺した大正時代(昭和初期と…

『すき魔』/八本正幸

中学生の時に修学旅行で行った五色沼が見たくなり、妻を伴って出向いた。沼の色は記憶より鮮やかで、感動を新たにした。来て良かったなと思った。 その日の宿は古びた木造の旅館で、風情があり「まるで座敷わらしでも住んでいそうね」と妻が笑った。 風呂に…

『浴衣の君』/八本正幸

「すごいのが撮れたぞ」と言いながら、佐島は一枚のディスクを差し出した。「未編集なんだけどな、真っ先におまえに観てもらいたかったんだ」 私はそのブルーレイをデッキに入れ再生ボタンを押した。佐島はこのスタジオと提携する制作会社のカメラマンで、今…

『群青心情』/ノラ

脈脈と連なる三陸海岸の険しい岸壁は、この世ならざる景観から浄土と形容されている。 その日も鋭い輪郭の岩で砕けた波が花びらのように散り、その花を含んだ湿った風がどこか鉄臭さを孕んで吹いていた。 私は軽いドライブがてら国道●●号線をどこか目的地を…

『待ったなし』/佐手英緒

「河童」から「相撲」、「相撲」から「国譲り」の連想が、この山陰を舞台にした一大ファンタジーへと実を結びつつあるんだ! 同人仲間の南方さんが僕の部屋を訪れた。興奮のためにその頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。そして創作ノートを手に熱弁をふるう。 彼…

『春』/貝原

ある日、電話がかかってきました。出ると、知らない女の声で「春の息吹」とだけ言って、切れました。親機の表示を確かめると、見慣れない市外局番です。調べてみたら、岩手県遠野市でした。知人などは誰もいない土地です。まちがい電話かしらと思っていると…

『水郡線』/よいこぐま

まだ国鉄の時代。 祖父は駅の助役をしていた。茨城県の水戸と福島県の郡山を結ぶ水郡線の「磐城塙」という駅で働いていた。水郡線の真ん中あたり、雪はあまり降らず、冷え込むと風花が舞った。 夜中でも貨物列車が通るので、泊り込みの夜勤もしばしばあった…

『天袋の中の箱』/井巽十予樹

天袋の奥に木箱があって、蓋を開けると頭の骨が入っていた。饐えた藁のような匂いがした。それはちょうど赤ん坊の頭ほどの大きさだったが、鼻から口にかけての張り出し方から、猿の頭蓋骨だと思われた。今から三十年ほど前、中学校に入ったばかりの頃のこと…

『ふたり沼女』/添田健一

貞任山の大沼で魚を釣るときは気をつけろ、とガキの頃からおじいにはよく聞かされていた。「欲しいより多く、獲っちゃなんねえだ」欲ばると罰があたるだ。 そのおじいも腰を悪くして、魚釣りはおらの日課となった。沼にフスマを撒いて魚を寄せる。おじいの教…

『ゴーゴーヘブン』/Don.Thank U

父が荷を背負い、婆はその後ろに従って杖を突きながら細い山道を登っていく。私は母か誰かに抱かれたまま、それをじっと見送ったのだ。でんでらへいったんか、と村の若い衆が天気を訊ねるみたいに聞いたことに腹を立てたところで、私の原記憶は終わる。 どう…

『Матрёшка』/Don.Thank U

「やァやァ良く来てくれました」 出迎えてくれたのは私の友人、シヴォルスキ伯爵だ。伯爵は生粋の露西亜人にして、世界有数の収集家でもある。煉瓦造りのペチカに薪を投げ入れると聴こえる炎の音は、丁度開幕の拍手のようだと二人で笑う。 広間の四方、壁は…

『よそ者のおよばれ』/君島慧是

みちのくというと、まず渦巻を思い浮かべたものだった、と能面作家のSは言った。Sは都下に工房を構えていたが、良い木の育つ会津にいずれ越す予定だった。ところが何かで訪れたこの地が気に入ってしまい、幸い誂えたような物件との出合いもあって、青森八…

『六部殺し』/地獄熊ベルモンド

僕の実家は雪深い地方にある旧家で、戦後は没落したが、昔はかなり景気が良かったそうだ。かつてわが祖先は旅の六部を家に泊め、悪心を起こして持っていた大金を奪い、その金を元手に財を成したという。この話は直接祖父から聞いたのだが、後ろめたい様子も…