『虹をくぐってしまった男』/清見ヶ原遊市

「姉さん、虹をくぐってきた」

 弟は、興奮を抑えきれない様子で、玄関のドアを開けるなりそう言った。


 弟の話によると、友人と二人で帰ってくる途中に、虹が出ているのを見付けたらしい。

 それが自宅の方向だったので友人とふざけて虹を追いかけたところ、追いつけないはずの虹が段々と迫って来て最後にはゲートのようにくぐってしまったという。

 そして気が付くと、自宅に向かって歩いていたのに、家の近くの山の中腹にある稲荷の社の前にいた。

 山登りをした記憶がないのに、と弟と友人は不思議がったが、特にそれ以上のことは起きなかったので帰ってきた、とのことだった。

 虹は透き通った硝子みたいだった、と呟く弟の表情は、恍惚としていた。

「それって、狐に化かされたんじゃないの?」

 そう言うと、弟はハッとしたように私を見る。

「やっぱりそう思う?」

「少しは」

「お供えとかした方が良いかな?」

「それなら油揚げが良いんじゃない?」

 弟は少し考え込んだ後、

「今から行ってくる」

と言って出かけていった。

 それから一時間経って、弟は一仕事終えたような顔をして帰ってきた。

 その後、弟は誕生日や正月など特別な時に稲荷寿司を欲しがったり、犬好きだったはずなのに酷く怯えるようになったりしたが、この出来事とは関係はない。と思いたい。