『ややご様』/中原紅玉

 大分以前だが、山形の祖父母は小さな雑貨店を営む傍らで、二つの神様を御世話していた。「みぃ様」と「ややご様」である。みぃ様とは「巳様」と書き、毎年決まった時期に店に現れる黄色い蛇の事だった。

 僕が小学校三年の夏休み、父の仕事の都合で珍しくお盆前に祖父母の家に遊びに行った。が、二人はいつもと違って渋い顔で僕らを迎えた。その日はややご様のお渡りと言う大事な日で、日が落ちてからは一切無言と言う慣習があったのだ。

 疲れもあり、早めに床についた僕は、夜中に尿意を覚えて目を覚ました。用を足した帰り、雨戸の外でチャボが騒ぐのを聞いたが、眠かった僕は大きな欠伸をしながらそれを無視した。

 その時、ざざっと激しく土を掻く音と共に、細長い枯れ枝のような腕が突っ込まれ、僕はそれに突き飛ばされる形で廊下に転んだ。腕はしきりに僕を探すような動作をしていたが、やがて、諦めたのか腕を引っ込めたが、代わりに雨戸の隙間から水晶のように輝くまん丸い目が押し当てられ、それと目があった。

 気がつけば翌朝、両親に揺り起こされて、廊下で目が覚めた。大人達は薄々事情を察したようだが、僕は特に咎められなかった。祖母はその日の朝にチャボが産んだ卵を丁寧に金色の布に包むと、神棚に供えた。「みぃ様が召し上がる」との事だった。

 その出来事は長い間僕の記憶に棘のように刺さっていた。翌年、初めての保健体育の授業で、僕はややご様のお渡りの意味を悟り、その場で嘔吐した。

 中学生になる頃、祖父母の家の裏の線路に新幹線が走るようになった。その年、祖父母は店をたたんだ。

「ややご様はもうこね。新幹線さ轢かれて死んだ。並みの卵じゃみぃ様も満足せんしな」

 そう語った祖父は、何でもないような顔をしていた。