『白魔の小路』/添田健一

 山道を行くうちに雪が降りはじめた。見あげた空は灰色。吐く息はすっかり白く、頬をさす寒気は痛みをおぼえるほどだった。
 積雪であたりは白一面。私は毛皮の防寒着の前をあわせ、藁で編まれた膝までの履の結び目を直す。狩りのはじまりだ。
 ほどなくして、はるか上空に隼の雄飛がうかがえた。なおも高くへあがり、たちまち点としか見えなくなる。
 雪景色に視線をもどすと、横倒しの樹木の陰に野兎を見つけた。隼の姿が遠のいたので安心して日向へと出てくる。そのかわいらしい仕種に胸の奥が痛んだが、手は円盤状の藁を取りだしていた。端に長い紐がつけられ、中央には穴があいている。
 紐を持ち、右足を前に出し、手首を返し、藁の円盤を飛ばす。たちまち野兎は身をすくませて動けなくなる。次の瞬間、あわれな小動物ははるか上空から急降下してきた隼の鋭い爪に捕らえられていた。悲痛な声があたりに響いて、吸いこまれてゆく。
 まだ温かみを残した雪上の野兎に私は歩み寄り、左の前肢を手斧で裁断する。腕にとまった隼にごほうびにと落とした前肢をあげる。骸を藁の袋に詰めた。
 猟友会で少女は私ひとり。この冬に兎を狩るのもこれが十匹目。きちんと数えている。雪はなおもやまない。降り積もる白い粉が無惨な血の痕を覆ってゆく。長い吐息。私の心にも雪が積もっている。
 帰り道の小径で亡者の霊たる白魔たちがあらわれた。白い小さな雪だるまのような、耳のない兎にも人間の赤ん坊にも映るその姿。白魔たちは恨みの目を向けるでもなく、うらやむでもなく、遠巻きにこちらを見つめている。小径の両側の雪の上に樹木の梢に岩の表面に、ひしめきあって動かない。
 右肩の隼が震えた。私は彼女をはげまし、目を開き、背筋を伸ばし、手を握りしめ、足の爪先に力をこめて、雪の小径を下りる。