『思い出』/かのん

「今日も熱心に聴いていましたね。」
講演会が終わり帰り支度をする私は、隣の席の白髪の老紳士から声をかけられた。岩手県立博物館で行われた奥州藤原氏について学ぶ3回の講座の最終回の日だった。
彼はこう続けた。自分は講座全てに参加したが、講師の博物館長はよく研究している、まるで見てきたかのように生き生きと話すのでひきこまれた…ところで、とさらに次のように話した。
「お宅さんも奥州藤原氏の平泉での100年にかなり興味がおありのようですね。私は平泉倶楽部という小さな会の代表を務めています。県内各地の郷土史家や研究者を招いて学習会を開いているんです。もしよかったら参加して下さい。」
彼は胸ポケットから名刺を取り出して私にくれると微笑みながら去って行った。
二週間後の日曜日、友人と会う約束が友人の都合でキャンセルになった私は、平泉倶楽部の学習会に急きょ参加することにした。開催場所の盛岡市のある公民館に行くと、あの老紳士は必ず来ると思っていたと喜んでくれた。他の会員達も人なつこい笑顔で迎えてくれて、私はすぐに打ち解けることができた。
平泉から来た郷土史家の話が終わり皆で談笑しているときだった。老紳士が私のそばに来て、思い出したかと尋ねた。何のことかと聞くと平泉にいたときのことだという。
突然、私の目の前に往時の毛越寺の庭園が広がった。初夏の陽ざしにきらめく大泉が池のさざ波、天に昇るような笙の響き、風に乗る龍笛の音色、美しい衣装で雅楽に合わせて舞う人々、ざわめき、笑顔…。ああ、そうだ、私は毛越寺の庭園の落成式にいた。だからこんなに平泉が好きだし知りたいのだ。
「思い出しましたね。ここにいる私達は皆藤原氏の時代に平泉にいたのですよ。」
懐かしさで涙があふれる私に老紳士は穏やかに言った。