『オシラサマ』/御於紗馬

街で京子に遇った。ゼミに顔を出さなくなったのが夏の始めだったから二月ばかり経っている。私の声に気がついた京子は、薄い笑みを浮かべながら頷いた。
それにしても、変わってしまった。それほど仲が良かったわけではないが、彼女の凛とした立ち振る舞いには少し憧れていた。それなのに彼女が着ているシャツにはシミが付いているし、首周りは弛んでいる。
「あのねぇ、ついてきたの」
近況を聞くと、ズレた答えを返してきた。彼女の甘えるような声に、鳥肌が立つ。
「お友達のおうち、北のほうにあるの。リンゴが美味しいから、オイデって言われたの」
彼女は、ハキハキと喋る人だった。こんな子供のような言葉は使わなかった。
「それでね、お泊りしたの。大きなおうちで、廊下とかあって、木の匂いがするの。おへやの中、電気がなくて、真っ暗だったの」
彼女の視線が遠くをさ迷う。その瞳が潤んでいる。私は息を飲んで、次の言葉を待つ。
「そしたらね、耳の中に、入ってきたの。音が、どんどん、入ってきちゃった。そしたら、私の中から、溢れてきて、漏れてきて、塊になって、居たの」
無邪気ではあるが、どこかゾッとする笑みを浮かべながら、彼女は続ける。
「大きくて、硬くて、ドキドキして、もう、どうなってもいいって思っちゃった。お友達もね、スゴく喜んでくれたんだよ」
「それずっと、ついてきてるの。今もだよ。だからすごく、気持ち良い」
急に顔を覗き込んできた。淫靡な光を宿した瞳に、思わずどきりとする。
「アナタも、どう?」
気がつけば、彼女の指が私の胸をまさぐっていた。擦り寄ってくる彼女に違和感を感じる。彼女を狂わせた存在が、確かに、有る。
だが、彼女の吐く息は、あまりにも、あまりにもケモノ臭く、耐えられそうに無い。