『古民家』/天羽孔明

 数年前の不景気のとき、大手商社を少し多めの退職金を貰って依願退職をした私は、福島県内のとある山村で売りに出ていた古民家を購入し、家族で移り住んだのです。
 その村でもご多分に漏れず過疎化が進んでおり、村の人達には、私達のような都会から来た者にも大変親切にしていただきました。
 私達夫婦は村人に教えられて農作業をする傍ら、私は陶芸を始め、妻は趣味にしていた球体関節人形作りを本格的に始めました。
 当初は田舎暮らしを嫌がるのではないかと思っていた、小学一年生になった娘も、囲炉裏のあるこの家が気に入ったようで、引っ越してきて本当に良かったと思ったものです。
 さて、移り住んで一月も経った頃から、娘はしきりに妙子さんという女性の話をするようになりました。最初は、村人のことかと思っていたのですが、どうやら妙子さんは、娘にしか見えていない女性のようでした。やはり娘には、田舎暮らしは精神的に厳しいのかと思い始めた頃、娘が突然高熱を出して倒れ、そのまま患い付いてしまったのです。
 そんな折、倒れた娘を心配して見舞いに来てくれた妻の母親に、「ここはすぐに引っ越しをした方が良い」と言われたのです。どういうことかと聞くと、「寝ている直ちゃん――娘の名前です――に、鬼のような形相の、がりがりに痩せた女性が覆い被さっている」と言うのです。
 視えると言う義母のその言葉に、私達は再び引っ越しをする決心をしました。
 その女性が原因であったかどうかは不明ですが、福島市内のマンションに引っ越した後、娘はまた元の通り元気になりました。
 その古民家は、私達が引っ越した後、火事で焼けてしまったと、村人からの便りで知りました。
 ひとつ心配なのは、最近娘が、また妙子さんのことを話題にし始めたことです。