『還る場所』/天羽孔明

 福島県内の、とある山村にアトリエを構える藤乃宮人形の作者、藤乃宮巴という人形師の取材をしに行くことになった、雑誌社に勤める牧村陽子さんは、その山村のバス停を降りた時、始めてきた土地なのに、なんとなく懐かしいような感じがしたそうです。

「すいません。京都の金星堂から、取材に寄せてもらいました」
 アトリエの玄関でその様に声を掛けると、中から「あぁ、良く還って来たね、陽子や。さぁこちらへおいで」と返事がありました。
 その言葉に違和感を覚えつつアトリエへと入る陽子さん。
 巴さんの年齢は七十歳。上品そうなその姿は、実際よりももっと若く見えました。
「さぁ、こちらにおいで、陽子。よく還ってきたね。どこか、壊れてしまったのかい?」
「あの、わたし、金星堂の……」
「知っているさ。牧村陽子、だろ。ん? 思い出して還ってきたのではないのかい?」
 なんだか少し怖くなり、仕事も忘れて立ちすくむ陽子さん。
「まぁいいさ。さぁ、こっちへおいで」と言いつつ、思いの外強い力で陽子さんの右手を握って自分の方へと引きつける巴さん。
 恐怖から、陽子さんがその巴さんの手を強く払いのけた所、その拍子に巴さんの首が、ポロリと外れて落ちたのです。
「やれ、この身体もそろそろ造り直さないと駄目かねぇ……」なんて言いつつ、何程のことでもないようにその転がった首を掴み、本来あるべき場所へと戻す巴さん。そうして、未だ立ちすくむ陽子さんの首の後ろに両手をまわしたとたん、陽子さんの両腕は肩からポロリと落ち、彼女の首は、ガクリと前に倒れたのです。

「すまないね。ここへ還ってきた人形は、もう、あっちへは戻せないんだよ」