『映写眼球』/田辺青蛙

 御覧なさいまし、綺麗な目玉でしょう。泥の中で拾ったんですけどね。小さいし、これを通じて見えるもの全てが鮮やかで視点が低いから、きっと子供の目玉だったのでしょうな。最初は少し濁っていたので、毒消しに良いといわれている椿の葉で包んで、冷水に晒してみました。すると目玉の濁りが取れて、すっかり綺麗になったので、試しに私の瞼の上に置いてみたのです。
 最初に見えたのは、柔らかそうな膝小僧の傷口に唾を塗っているとこでした。それから蟷螂を捕まえて羽を広げて日に透かしてみる様子や、餅をこねるのを手伝ったりと、この目玉の持ち主のが目にした景色をそうやって見る事が出来たのです。簡易式の映写機のようで便利ですよ、退屈しませんしね。でもね、見たいと思った光景を見れるわけじゃないんです。同じ光景ばかり見える時もあれば、生まれたばかりの記憶なのか金盥の縁と産婆の顔がぼやけて見えた事もありました。
 で、ある夏の盛りの日に吊った蚊帳の中で、私は瞼の上にこの目玉を乗っけて何時ものように移り変わる景色を眺めていました。目玉から見える風景も丁度夏で涼やかな川の水が流れていて、視線は笹で作った船を追っていました。でね、突然笹の船が揺れたかと思うと、水の中から真っ赤に避けた口をして、ぬばぬばとした獣が出てきて、水かきの付いた手で顔を捕んでて水に引きずり込まれてしまったんです。思わずその時は自分も水中に連れ込まれたような気持ちになって、目玉を転げ落としてしまいましたよ。恐らくこの目玉の持ち主は河童に引きずり込まれたんでしょうなあ。河童がこの目玉の主を水ん中に引きずり込んで何をしたか、興味は尽きないのですが、銀三枚で貴方にお譲りしましょう。有難う御座います、それじゃまた。