『宮城ナンバー』/鰯率

二日前くらいから止まっているのだという。
宮城ナンバーの四ドアの茶色い車。免許は持っていないし、それ程車に興味がある訳でも無いので車種は解らない。ただ最近の車で無いことは確かだ。角張った車体は長時間太陽のやんわりとした光を受け熱を帯びていた。歩道側の前輪の下から青い色をした外国のポテトチップの空き袋が覗いている。車の窓はどれも手入れをしていない金魚鉢みたいに濃い緑色に濁っていて、車中を窺い知る事はできない。その所為かなんだかきっちりとドアも窓も閉じられた車の中は、たっぷりの水で満たされているように思えた。
ウチの倉庫の入り口近くに長々と駐車してる車があるからナンバーを控えてこい、と上司に云われていた。その指示通りにナンバープレートの数列を手帳に乱雑に書き写す。ここ東京大田区でこうした宮城ナンバーを目にする事はどれくらい珍しいのだろう?
海岸道路沿い。歩道に人の姿は全く無い。車道では数秒おきに十トンクラスのトラックやタンクローリーが轟音を響かせながら入れ替わり立ち替わり姿を現す。その轟音の合間に猿の鳴き声の様なものが混じって聞こえた。声は宮城ナンバーの車の中からする。それが幻聴で無い証拠に、後部座席側の窓の内側に毛むくじゃらの小ぶりな手のひらが一つべったりと押し当てられているのが目に入った。
不意に反対車線で耳障りな衝撃音が響いた。そちらに目を向けると、数十秒前にも数分前にも通り過ぎた気のする黒いタンクローリーが、白いワゴン車の後部に突っ込んでいた。
何だか白昼夢の様に思える事故の光景を眺めるその視線の隅で、のろのろと宮城ナンバーの車が動きだした。車は時速二十キロに満たないスピードで、車線を跨ぎながら川崎方面へと姿を消した。
後で控えたナンバーを確認しようと手帳を開くと、そこには数列ではなく、あの猿の手を模写したような下手くそな落書きがあった。