『会津』/戸神重明

三十年前、千葉県出身のN子は中学の修学旅行で会津若松へ行った。夜は同じクラスの仲間五、六人とホテルの一室に泊まったが、彼女だけがなかなか眠れずにいたという。
真夜中を過ぎた頃、チリーン……と、外から鈴の音が聞こえてきた。少ししてまた、チリーン……と、澄んだ音色が近づいてくる。
猫かしら? でも、猫なら動く度にチャラ、チャランと音をさせるはず、これは人が鳴らしているみたい――と、思っていると、今度は音色が真下から響いた。
ホテルの正面に来たらしい。こんな時間に誰が……? 正体を見届けてやろうと窓際へ行き、カーテンをめくって外を見た。しかし、前の通りには誰もいない。
変ね――。首を傾げた時であった。
チリーン……。不意に背後から鈴の音がしたので振り返ると、刀を腰に帯びた侍が立っていた。左手に紐のついた鈴を提げている。
「女か……」と、つぶやいた侍は若かった。少し年上の少年に見える。N子が驚愕のあまり立ち竦んでいると、鈴の紐を口に咥え、抜刀していきなり斬りつけてきた。
頚動脈の辺りに一撃。「きゃっ!」N子は大の字に倒れて意識を失ってしまった。
朝が来て――。N子は仲間に揺り起こされた。夢を見ていたのかな、と思ったが、寝床とは別の場所で布団も掛けずに伸びていたので、夢ではないと悟った。首の左側がひどく痛む。洗面所へ行き、鏡に映してみると、蚯蚓腫れができていた。なぜ峰打ちを食らったのか? この時、N子にはその理由がわかったという。そして、男だったら殺されていたのかもしれない、と思えてきて、ぞっとしたそうだ。
仲間たちに話すと、皆、眉を曇らせて無口になってしまったが、一人がこうつぶやいた。
「ここは会津だもんね……」