『お婆ちゃんの思い出』/宇津呂鹿太郎

 私はお婆ちゃんが大好きでした。共働きの両親に代わって学校から帰った私の面倒を見てくれていたのはお婆ちゃんでした。
 私は偏頭痛持ちでした。痛むのは大抵決まって夕方で、そんな日は家に帰るとすぐにお婆ちゃんに布団を敷いてもらい、横になるのでした。横になっても眠れる訳でも、痛みが和らぐ訳でもありません。痛みが去るのを一人じっと耐えて待つだけです。私がそうしている間、お婆ちゃんは障子を半開きにした隣の部屋でいつも静かに見守ってくれました。どれだけ心強かったことか。
 あれは私が小学四年生の秋のことだったと記憶しています。その日も痛む頭を押さえて家に帰ると、お婆ちゃんが玄関に座っていました。私を見るとゆっくりと立ち上がり、私の横をすり抜けて外へと出て行きます。振り向いて私の顔を見、ゆっくりとおいでおいでをします。私は早く家に入って横になりたかったのですが、お婆ちゃんのその柔らかな笑顔に釣られてそのまま付いて行きました。
 家から十五分ほど歩いたところに小さなお堂がありました。お婆ちゃんはお堂の扉を開けて入っていきます。私も続きました。私はそのお堂で六時間ほど過ごしました。そこで何をやっていたのかは全く思い出せません。思い出そうとしてもまるで霞が掛かったように何も見えてこないのです。ただ頭の中で「ああ嫌だ、ああ嫌だ」という声がぐるぐる回るだけなのです。その後、私がどうやってお堂を出たのか、どう家に帰り、両親にどう話したのか。全く分かりません。何度も母に聞き、父に尋ねたのですが、知らないという答しか返っては来ません。それどころか私の家にはそのようなお婆ちゃんなど居なかったと言います。ただお堂の一件の後、私が偏頭痛に悩まされることは無くなりました。
 一体どういうことなのか今となっては知る術もありませんが、大好きだった私のお婆ちゃんにもう一度会いたい、そう思うのです。