『森を通る』/遠目

 森を通ってきたんだ――と友人は言った。
 次のバスまで優に一時間はある。地図の上では、君と約束した場所は眼前の森を横切れば至近だ。なに、難儀を厭わなければ――この予感を厭わなければ、と踏み入ったのだ。
 薄暗い。蔓や草を絡めた樹々は鬱々とした塊と化し、地は褪色した藪だか叢だかがを陰々と蔓延らせている。幾筋もの根方を爪先に絡めつつ後悔して顔を上げると――頭から襤褸を被った老婆が僕を凝乎と見ていた。ようよう気を取り直して、君の集落までの道、そんなものがあるとしてだが、を尋ねた。姥は布を幾重にも巻いた腕を寄せるように振った。付いて来い、か。不自由な歩きかたなのにおそろしく速い。
 仄昏い。森の中は穿たれた孔みたいに澱み、時間さえ遮って尚昏い。姥に話しかけるのは諦めた。もしかしたら、喋ることが出来ない身体なのかもしれない。倣って進むにつれ、道は様々な痕跡と交差した。森にはそれと判らぬ道がある。ある種の人だけが通るような。ある種の獣だけが行くような。ある種のモノだけに用意されているような。
前方に払暁を覚えた。淡く光が差している。出られる。助かった。逸る気に任せ老婆を追い越したところで、ふと違和感を抱いた。何かがおかしい。顧みて、視線が膠着した。毛羽立った端切れを纏った人の形。薄明を受けて妙に鮮明に浮き上がって見える。それは
「藁だったんだ」
 青草木をびっしりと帯びたヒトカタ。年経り歪曲した蒭の。――この道は違う。もと来た方へ無闇矢鱈に駆けた。そうしたら、突如隧道が途切れたようにここに出たんだ。
「あのまま進んでいたら何処へ行くのだろう」
十日程で外ヶ浜へ着くだろうと応えると、まさか、と友人は笑った。