『或る別の話』/ルリコ

父は、妹が迎えに来たと、病室の窓にかかる雪に言った。大阪では珍しい四月の雪に、故郷の秋田を思い出したのか。父の生家は秋田市内で畳屋を営んでいた。祖父で三代目の老舗で、職人、弟子が併せて二十人の大所帯だった。三つ下の妹は男三人の後に生まれた事もあり、皆にたいそう可愛がられていたという。それが数えで三つの年の暮れに、居なくなった。大勢の目がある中で忽然と消えてしまった。正月どころではない、皆で探しに探したが行方しれずのまま悲しく恐ろしい冬が過ぎた。そして雪解けのあとに亡骸は見つかった。白い肌が赤くなってはいたが、綺麗なままで。あんまり大切にしたから盗られてしまたんだと‥‥何度も聞いた悲しい話をまたぽつりぽつりと語り出した。

臨終に間に合わなかった伯父に、最後の様子を伝えた。妹が亡くなったときの話をしていたと。「それはちがうんでねえか」怪訝な顔をする。妹が死んだのは夏で、事故だったという。竿灯祭りに皆で行こうとしていた時に、自転車の荷台から落ちたのだと。店の若い衆が代わる代わる抱いていたから誰が荷台に腰掛けさせたのかわからない。とにかく頭から落ちたのを自分は見ていた。顔が痛んでしまったので隠して葬式をだした。‥‥まるで違う話を聞かせてくれた。どういうことだろう?父は妹の死が突然すぎて受け入れられず、記憶が錯綜したのか。雪解けに出てきたのは別の誰かだったに違いない。伯父さんは、首を横に振った。雪解けに現れるのはゴミだけ。紙くずやら吸い殻やら露わになって汚い。そんな事より、何故、妹を覚えているのか。まだ2才だったのに。確か落ちるところを見ていたが泣きも驚きもしなかった。‥‥2才?。それは妹の年で、父は三つちがいの五才だった筈。伯父さんの記憶はあてにならない。九十近い老人だから仕方ない。そう思っていた。相続がらみで父の戸籍を辿り、父と妹が双子だったと知るまでは。