『祓いの作法』/日野光里

その人は憑かれやすいと言っていた。
「はあ、それはお困りですね」
と言うと、「ええ、ええ」と何度も首を縦に振る。
「では、いつもお祓いを」
「そうなんです。懇意にしているお寺さんがありまして」
「それは、よかった」
私は話を合わせながら、頷いた。
「ああ、でも、あの時は辛かった」
その後、何度か「辛かった」を繰り返すので、聞かねばなるまいと口を開く。
「なにが辛かったんですか?」
「いつもは、塩や清水で終わるのですが、その時は護符を川へ流しに行ったんです」
「そう言えば、そういう祓い方がありますね。川へ行くまで、しゃべってはいけない。振り向いてはいけない」
「そうなんです。だから、私は護符握り締めて、暗い道を走りました。真っ暗な川の音を頼りに」
「無事に流せましたか?」
「ええ、ええ。無事に流せました。黙ったまま、家まで戻って。そこで、うっとなって吐いたんです」
「お気の毒に」
「吐いたのは、たくさんのライターの石です。今も、ほら、こんな風に前触れもなく出ていきます」
そう言うと、その人は口からねめっと唾に光ったライターの石を舌の上に乗せて出した。