『美しいもの』/桜井涼

美神様がいらっしゃる。お前を迎えにいらっしゃる。
そう、四肢をおさえる小鬼は口を揃えた。行灯は消え、月明かりと夜風が差し込む座敷の萎びた布団でわたしは大の字になっていた。真っ直ぐ伸びた四肢の首には小鬼が一匹ずつ、小さな手でわたしを布団にはりつけていた。身体は動かない。口も同様に動かず、頭でミカミ様とは何だと問うと意外にも左手の小鬼が答えたのだった。
「美神様は美しい神様。だから美しいものが好き。醜いの嫌い。お前美しいから美神様に好かれた」
美しくなければ、男娼は生きてゆけないさ。
「美神様はお前を慕っておられる。お前を望まない人生から助けてあげたいとおっしゃられた」と右手の小鬼。
ではわたしは取り殺されるということか。
「違う。美神様と同じになるだけだ」と左足。
「美神様がいらっしゃった」と右足が言った時には、その人はわたしの上に浮かび、微笑んでいた。なるほど、美しい。
その人はわたしの心臓に手をかざした。
お待ち下さい美神とやら。本当にわたしでいいのかい?
あなた方は、わたしが思うに、人の想いが凝固したものだ。想いの良悪関係なく生まれるが、そんなに美しいあなたはさぞ美しい想いから生まれたのでしょう。わたしは見目こそ美しいですが、心中を探れば沼のように濁っている男です。いや、沼以上に濁り淀んでいる。そんな男の想いを掬ってみなさい。それは醜いものが生まれるでしょう。あなたのような方が、醜いわたしを愛するとは、到底思えないのです。
その人は顔をしかめ、わたしの心臓を掴みとると、短い悲鳴を上げて退いた。そのまま潰してしまえば愉快だったものを。
美神様と小鬼は消え、もう姿を見ることはなかった。