鬼井春明『マクラカヘシ』

 ごうと鳴り、目を覚ます。靜かに冷えた深更。窓向こうに闇蟠を見て、ああ何処かの屋根から雪塊が落ちたと思う。

 ひとつ寝て、またひとつ、ごうと鳴る。
 息苦しさで何かを払い除けた夢を見て、目を覚ます。枕が頭の下に無く、代わりに首元にちりちりと蠢く違和感あり。自らの髪が首を巻いているのだろうか。痒い。闇に枕を手繰るも冷えたシーツと冷気ばかり。
 読書灯を点けるにその黄昏色の光が枕元を染め、その光と闇の狭間である寝台下少し離れた床に枕はあり。首に纏わり付く違和感を掻き乍ら落ちた枕に手を伸ばすに、枕の下より湧き出ずる黒い影があり。
 黒い影は帯となり、寝間着を舐めて首に取り憑き二重三重に締め上げている。怖ろしさと苦しさで声を出すこと叶わず、影は一層圧力を高め、這々の体にて立ち上がり助けを求むるために電話へ向かおうとするも床面にサルガッソ海藻の如く繁茂した枕からの影が足を掬い転倒する。その弾みで伸ばした手の先が落ちている枕を反転させ、枕に詰められた羽毛が綿雪に舞い、枕から湧き出でる影が毛髪の光沢をもつものと見えた。

 枕の生地を裂いて黒い髪がもうもうと湧き出で、その髪の渦の最中に素描が狂った配置の眸と口唇が見え。眸は瞳無く血色に塗れ、青白く割れた口唇が開き閉じする毎に、ごうと鳴り、それらが黄昏色の陰影を湛えて。寝間着を覆うほどに髪の波が圧し寄せ、視界が無くなる寸前、口唇がひとつ、鳴いた。

「かえして」