クジラマク『奇蹟』

 我が里を訪れる少々変わった顔形の異人は住民達の仕事を手伝い、病人には無償で手製の薬を煎じ与えてくれる、巷間で謂われる様な、手当り次第女娘を攫い孕ませると謂う者とは別物で、誰彼からも愛される気立ての良い男で御座いました。収穫時には邪魔になる子供達を山に建つ自分の家に招き、読書きを説いたり、風変わりな菓子を振舞ってくれます。誰が何時建てたのか、山中の異人の家はとても立派な綺麗な家で、子供達が家中を遊び散らかしても怒る事なく朗らかな顔でその様子を眺めていたと聞きます。災いは突然で御座います。周囲一帯に酷い飢饉が蔓延致しました。田畑は冷害に遭い各家で蓄えていた食糧も直ぐに底をついて仕舞います。糧の果てた住民の心は荒み、里では醜い諍い事が続きます。ですが子供達だけはとても元気で御座いました。暗い大人達から逃れる様に子供達は山にある異人の家へ通っていました。帰宅した子供の口から発する甘い香りに気づいた母親が問質します。子供は異人の家でご馳走に預かっていると白状しました。住民達が山中の家に赴くと痩せこけた異人が出迎え、食糧があるなら分けてくれと頼むと、こけた頬を綻ばせ「半日ほど時間を」と異人は答えました。皆が里で待っていると異人は袋一杯の米稗を痩躯で担ぎやってきました。ある娘っこが漏らした言葉が切欠で御座いました。異人さんがお家でお祈りをすると空のお櫃がお粉で一杯になるの。好奇に駆られた男が山の家を覗くと、不気味な黒衣で異人が呻っていたと謂います。男の見聞は新たな事実を浮き彫りにしました。あれは淫祀邪教の呪い言葉だ。男は常世の出だ。米稗には毒が。飢饉も異人の仕業。男衆は農具を手に悪鬼羅刹を滅さんと山中の家に夜襲をかけ異人を嬲り殺すと念入りに家まで焼き払いました。田畑が芽吹き始めたのはその直後で御座います。以来、里では青目の異人には気をつけろと謂う言葉が今も教訓とし受継がれております。