国東『噛む子』

 末っ子なんだからお前が世話をしろ、とお姉ちゃんが子猫の尻尾を掴み勢い良く投げつけてきました。夢かと思いましたがそうではなく、庇う間もなく噛まれました。引き剥がそうとしても子猫は思ったよりずっと伸び、飽きず何度でも食いついてきます。
 うるさいと怒鳴り声がして床が揺れました。お父さんがベッドに乗って箒を持ち、血走った目で天井を見上げているのだと思いました。お母さんが早口で何か喚いています。夕飯の時には、猫がこんなにうるさくてお父さんが運転中に事故でもしたらどうするの、お前はわたしたちを養っていけるの、と血走った目でわたしを見ていました。お姉ちゃんも激しい貧乏揺すりをしながらよく似た目でわたしを見ていました。その間も子猫は駆け回り、何でも噛んでいました。この2週間でみんな傷だらけでした。子猫を拾って来たのはお父さんです。
 わたしは子猫を毛布で包むとクロゼットに押し込みました。荷物が崩れる音、服が破れる音。隣の部屋でお姉ちゃんが、階下でお父さんとお母さんがそれぞれ家が揺れるほど暴れていました。
「ギャー!」
 扉を押さえるわたしを押しのけて、飛び出した子猫は尻尾を狸のようにふくらませ、口からはいっぱい、どろりとしたレバーのような血が溢れていました。近寄ると、震えながらも大人しく額を寄せてきました。口を洗いましたが傷は見当たりませんでした。
 朝起きると、お母さんが子猫にミルクをあげていました。お父さんが新聞の下からちょいちょい足を出してからかっていました。お姉ちゃんが新しい缶詰を約束していました。みんな笑顔でした。
 知らない長い髪の毛がべっとりとクロゼットの壁中についていたので捨てました。
 しばらくして子猫の歯が全部抜けました。こんな風にいちどに生え変わるのは珍しいねと獣医さんは言いました。すっかり甘えんぼうになった子猫はわたしの手の下でぐるぐる喉を鳴らしていました。