神沼三平太『雪だま』

 呑み屋の暖簾をくぐって外に出ると、また雪が降り出していた。冷気が頬を刺す。酔いがすっと薄らいだ。
 乾いたような粉雪の中を歩いても濡れる訳ではない。店を出てふらふらと街道沿いを歩けば、すぐ宿だ。普段なら潮騒が届く距離だが、今は雪にかき消されて耳に届かない。
 店に入る前には、歩道はネズミ色に汚れた雪で覆われていた。それを真っ白な新雪が覆い隠している。店の中でストーブに当たりながら一杯やっている間に積もった雪だ。
 陽が落ちても雪のおかげで視界はほの明るい。夜半になれば除雪車が通るだろう。だが今は静かなものだ。その静けさの中を百メートルほど歩いた。
 宿へと折れる四つ角には、ナトリウム灯が光っている。オレンジの光の中に、ちらちらと雪が舞っていた。
 その光の下に、雪だるまが立っていた。
 雪だるまなんて珍しい。この地域には雪だるまを作るような子供は既にいないはずだ。
 雪だるまか。
 引っ掛かった。その姿の記憶はなかった。
 違和感に動けずにいると、車道の中央を、一抱えほどもある雪玉が、ごろんごろんと転がって来た。誰かが押している訳でもない。
 それは新雪を踏んで圧し固める時と同じ音を立てて静止した。非現実的な光景に動けずにいると、街道を、再びごろんごろんと新たな雪玉が転がって来た。そして今しがた止まった雪の隣でぎゅっと音を立てて止まった。後から来た雪玉の方が小ぶりだった。それでも優に膝くらいの高さがある。
 雪は降り続いている。肩にも頭にも雪が積もりだしていた。だが、動けなかった。
 突然後から来た雪玉がぽーんと跳ね、隣の雪玉の上に落下した。だが雪玉は二つともべしゃりと音を立てて潰れ、雪山になった。
 二体目の雪だるまになり損ねた雪山を背に、僕は宿へと駆け出した。