2011-11-25から1日間の記事一覧

畦ノ 陽『街角インタビュー』

「はい? 遠野の怖い話ですか? 私、そんな体験なんてないですよぉ。普通ですって。ほら、私、なまってないでしょ? 東京の人ってすぐ変な目で見るんですよね。え? お爺ちゃんも遠野? あんらやだ。そうなんだぁ。う〜ん。怖い事って言ってもなぁ。 そうだ…

畦ノ 陽『被写体の説明』

単独キャンプにのめり込んだのは遭難しかけてからだったらしい。散々彷徨ったあげく、見付けたのは昔の診療所のような建物だった。木枠に嵌まる窓ガラスは不均一な厚さで、背後の森をまだらに写し、風が山肌を縫えば柱は軋んでトトトッと何かが揺れる。全壊…

畦ノ 陽『なゐふるさん』

今年のなゐふるさんはあかずの年寄りが目を剥くほど酷かった。めあきにはどう足掻いても思い描けないようで、推し量っていた地洗いとはレヴェルが違う。 そっただとごよっがこっづさ来でけで。 諭してもピクリとも耳を貸さずごぅーんごぅーんと前後に揺れる…

青山藍明『絹の靴下』

「ねえ母さん、あっちは退屈だったの? 」 「退屈じゃなきゃ、こんな歌、おぼえないよ」 母は青菜の塩漬けを刻みながら、あの歌を歌う。 古い歌謡曲で、名前は「絹の靴下」。歌っている女優さんは、母と同じ年だそうだ。 山男の父に見初められ、わかりました…

高中千春『畳が濡れる』

昔、代々守ってきた木耳の狩場を荒らした向かいの家の息子に仕返しをした。 その年はうちがオショウキ様の当前だったというのに、ぬけぬけと奴が風呂敷に包んで持ってきたわら束をとって置いて、あとで盆のようなかたちの小さなゴザに編みこみ、尻に敷いて雑…

丸山政也『ふたつ影』

「まっさかさまにおちるんです」 昏黒の日本海を見つめながら、女はそう云った。 「真っ逆さま? 誰が落ちるんだ?」 女は砂浜に腰を屈めると、流木の木切れで、砂の上に意味不明な文字の羅列を書いた。しかしそれも、寄せる波のために、書くそばから消えて…

斗田浜 仁『三郎の足』

「足が、三郎の足が・・・・・・」ぺしゃんこになった車からはみ出ている男の足を指さし、女は独り言を繰り返す。女の目には狂気が宿っている。「まいったなぁ」県警の刑事は早朝からやっかいな現場検証に立ち会った事を後悔した。人気のない演習場近くの原っぱは…

込宮宴『こけし、ありませんやろか』

こけし、ありませんやろか。私によう似たこけし、探しとるんです。 え、何でそんなんを探すんかって。 私にとってはお守りなんですわ。 いや、ほんまなんです。以前にも祖父が宮城のこの辺を旅行した時に、私にそっくりなんを見つけて買うてきたんですが、こ…

鬼井春明『みちのおく』

道の奥に墓が在る。誰そ彼の太陽が深い紫に滲み、遠い何処かで女の喚き声が反響している。人の背丈ほどに伸びる名も知らぬ草が外套を撫で擦り鼻の奥に微かな甘みを齎す。髪の毛ほどの細い月が黒い空に架かっている。 「一人参りする時は、こけしを一つ連れて…

餓龍『百鬼夜行』

その日の晩は、とても大きな月でした。 じゅくの帰り、一人で田んぼのあぜ道を歩いていた時、空の方から変てこな音がしたので上を見ました。 今までそんなものを見た事がなかったので、僕はものすごくおどろきました。 顔なし手なし足なし、両目がない人骨し…

御於紗馬『近所のドラ猫が食い入るように見つめていた新聞の切れ端より抜粋』

【3月11日に日本海沖で発生した巨大地震についての各界の反応】 ポナペ島沖に本部を持つ『偉大なる主を讃える会』は緊急に記者会見を行い、同会が今回の地震と無関係とする宣言を発表。彼らの主は死したまま未だ夢を見続けており、星辰が正しい位置に収ま…

樫木東林『殺した女』

女を殺した。 今まで、たくさん貢いでやったのに急に別れ話を持ち出してきたからだ。どうせ俺よりも金持ちの男でも見つけたんだろう。悪いのは女の方に決まっている。だから殺したことに後悔はない。それは本当だ。嘘じゃない。だけど死体はどうにかしなけれ…

佐原淘『除染』

夏の暑い日、小宮さんが自分の店裏の駐車場に溜まった土を測定したら100μSV/hだった。あわてて市に電話した。すると市役所は「市内の仮置き場が決まるまで敷地に埋めて置いてください」と言う。だが、市民なら誰でも知っている。仮置き場は絶対決まら…

リョウコ『浄土ヶ浜』

友人の修一が、先日私の家に来て、一枚の写真を見せてくれた。三人の元気そうな子どもが写っている。今から三十年前の写真だそうだ。ところが修一は妙な顔をしている。不思議に思ってたずねると、彼はその時のことを話してくれた。 若い頃、東北の海岸線を車…

青木しょう『成就』

わがね、と泊めてくれた村人は言った。 「今日はわがね、十二日だ、わがねわがね、山さへってわがね」 そう言われても、私たちにはもう山しか行くところがない。 雪絵は華族の令嬢だ。私は使用人だ。彼女に縁談がもたらされ、私たちは逃げた。この道ならぬ恋…

青木しょう『狐』

私は保育園に入るのが遅かった。幼い頃は祖母に見守られながら、家のまわりや畑、田んぼで遊んでいた。 ある日、祖母が庭にいた私を無理矢理家の中に押し込んだことがある。 私は不満だった。よく覚えていないが、何かで楽しく遊んでいたのだろう。 憤る私に…

蔦木 嘯閑『小さな石』

私は子供の時に拾った小さな石を今も持っている。 小学校低学年の時だろうか。親に連れられて行った宮城の浜辺で拾ったのだ。 それは蝶のような形をしていた。大きさの割りには軽い材質のものだ。色は白い。鋭角に拡がる翼は一瞬で私の心を惹きつけた。 私は…

神沼三平太『雪だま』

呑み屋の暖簾をくぐって外に出ると、また雪が降り出していた。冷気が頬を刺す。酔いがすっと薄らいだ。 乾いたような粉雪の中を歩いても濡れる訳ではない。店を出てふらふらと街道沿いを歩けば、すぐ宿だ。普段なら潮騒が届く距離だが、今は雪にかき消されて…