崩木十弐 『八木山橋』

 宮城県庁職員のCさんに聞いた。
 生まれつき足が不自由なCさんは今から二十年程前、県に採用された。入庁初年度の夏、その日遅くまで残業し、日付が変わる頃帰途についた。特別に車通勤が許されている。
 愛車のレガシーで県庁を出る。家まで三十分弱の道のりだ。途中、自殺の名所として有名な八木山橋を通る。深い渓谷にかかるこの橋の欄干から身を投げる者が、以前は後を絶たなかった。高い柵が設けられてからはだいぶ減ったと聞く。もとより通りなれた道、Cさんに恐怖心はあまりなかった。
 運転に神経を使うため普段はラジオも付けないのだが、気を紛らわそうと、買ったばかりのCDをかけた。当時流行っていた「たま」のアルバムだった。
 うねる山道を越え青葉城を過ぎると八木山橋にさしかかる。行きかう車はなく、さすがに心細かった。ボーカルの独特な歌声がスピーカーから流れている。
♪ギロチンにかけられた〜人魚の首から上だけが〜人間だか人魚だかわからなくなって〜
 そんなふざけた歌詞が陽気なメロディに不思議とマッチしている。
♪知床の〜海に身を投げた月の夜だよ――そう歌は続くのだが、橋の中程まで来たとき音が飛んだ。同じところを繰り返して先に進まなくなった。♪知床の〜海に身を投げた身を投げた身を投げたミヲナゲタ――
 怖くなり「停止」を押すが逆に大音量で鳴り響く。ボーカルの声が別人のようである。ギイ―ギイ―と凄いノイズが走っている。橋を過ぎて先の信号にさしかかったところでやっと静まった。無事帰宅し確かめるとCDには傷ひとつなくステレオも正常なのである。
 その後、車で何回かかけてみたが、同じ現象は二度と起きなかったという。
 そんな体験をしたためか、Cさんはだんだん歌謡曲を聴かなくなり、気づくと音楽全般から全く興味をなくしていたそうだ。