根多加艮『比べるな。いや、でも』

 地元でイタコと葬儀屋のバイトを掛け持ちしている旧友から電話があり、悩み事を相談したいからどこかで合わないかかと言われた。待ち合わせ場所の喫茶店に到着すると、彼はすでに座って待っていた。
 彼は私が尋ねる前に先に話を始めた。
「最近まで震災の津波のせいで葬儀屋のバイトが忙しかった。遺体安置所の体育館にいき、ご遺体の身元が判明したものから、ビニール袋に入れて棺に詰めて火葬場に運んだ」

彼の目の前にはタバコの吸殻が灰皿に山盛りになって捨てられている。彼はタバコに火をつけた。
「その日、小学校高学年ぐらいの少女をみかけた。同伴していた男の人に聞いてみたら、家族全員津波で流されたと聴いた。そして少女は家族をみつけた。泣き叫んだりして取り乱した。何人かで取り押さえて、ようやくその場から引き剥がすことができた。その後、教室で椅子に座って放心している彼女をみつけた。なにも声をかけない、がおそらく一番正しいんだろう。でも俺はイタコとしてなんとかしてあげたいと思い、声をかけた。家族の霊を呼び寄せても逆効果だろう。だから俺は相対的に安心できる方法を探した」
 三口吸ったところで灰皿に押しつける。
「一人の少年兵の霊を呼んだ。十二歳の頃、村をゲリラに襲撃されて、目の前をで両親を引き裂かれ、姉をレイプされた上に殺され、連れて行かれたところで友人を自ら殺害し、自らも銃を持たされて彼もまた同じように村を襲撃するようになった。やがて軍隊のミサイルによって身体を粉砕された」
 彼は両手を合わせて頭を抱えるような姿勢になる。独り言のように小さな声で呟いた。
「彼女は元気になったようにみえた。悲劇は近ければ恐ろしいが、遠くにあれば見世物だ。だが俺は本当に正しかったのか」
 私は彼に告げた。
「君は間違っている」