2011-12-10から1日間の記事一覧

夏沢眞生『Light Up Nippon 8.11』

凪いだ海の砂浜に寄せる細波のようでもあり、木々の梢を渡る春風の、若葉を揺らす音にも似ていた。さわさわと声が聞こえている。 「りなちゃんは花火が好きだったねえ」 菊池のお婆ちゃんが言って力なく項垂れる。 「そうだな……だけど仕事が忙しくて、花火大…

夏沢眞生『お山のペコちゃん』

八甲田山へ登った。酸ヶ湯温泉から大岳、下毛無岱を経て、もとの場所へ戻るコースだった。歩きだしてどれくらいだろう。開けた空間に白玉のような実が鈴生りになっていた。 「おい、矢沢ー。これなんだ――」 前にいた友人の姿はなく、かわりに奇妙な生きもの…

杉澤京子『よくもきた』

父の転勤で、磐城塙に住んだ時のことだ。 戦前からある二軒長屋の駅の官舎は古い家だったが、駅の隣で電車通学には便利で大変気に入った。改札正面には小高い山があり長い石段の先の赤い鳥居を眺めるのが好きだった。しかし、水が合わなかったのか体調を崩し…

夏沢眞生『白目たたり目』

転勤で東京へ戻った友人Aと宅飲みをしていると、彼女はふと思い出したように言った。 「前に付き合っていた男が、最近死んだんだ」 聞けば酷い男だった。結婚詐欺まがいのことも繰り返していたそうで、騙された女がAの自宅へ乗りこんできたこともあるらし…

安堂龍『初恋の幽霊』

三沢米軍基地の傍にある生家を出て、公園へ歩いた。夕焼けに染まる街並みは変わったが、十年振りの故郷は懐かしかった。 雪の積もる道に足をとられながら、僕はある少女のことを思い起こしていた。 彼女は幽霊だった。綺麗な黒髪で茶色がかった瞳が大きく、…

池田 一尋『タマシイ』

女の子の間で不穏な噂が拡がり始めた。この付近の少女らは死助の山にカッコ花が咲くと摘んで酢に浸し、紫色に変化すると夕暮れに吹いて飛ばす。そのカッコ花が誰も居ないのに、独り空を遊泳していると云うのだ。曰く、隣家の長女はデンデラ野の幽霊の仕業だ…

野棘かな『あの雨をみたかい』

「やっと帰ったか」突然、後ろから声をかけられ飛び上がるほどびっくりした。 「今日は朝から風がビュービュー吹いとったから、こんなこともあるやろ」 振り返ると、あの頃と何も変わらない祖母が腰に手をあて空を見上げて立っていた。 「あんなー、あたし帰…

小笠原 優『奥の間に棲むモノ』

自殺願望は無いが、最近は「ゴミ捨て場に捨てられたいなぁ」などと妄想する。 二〇一一年の震災後、人事異動で移された部門では嫌なミスが続いた。挙句、新しいチーフには「やる気無いのか」と詰られた。 今日も昼食を取る余裕は無く、時計の針は既に午後四…

崩木十弐 『回帰』

あの日は仕事だったはずだが、なぜか俺は自宅にいた。 強い揺れがおさまってから、赤ん坊をおぶった妻が庭のレオをなかに入れた。レオは喜び、脳梗塞で寝たきりの親父のベッドにぴょんと跳びのる。親父が拾った犬なのでいちばん懐いているのだ。 家のなかの…

崩木十弐 『八木山橋』

宮城県庁職員のCさんに聞いた。 生まれつき足が不自由なCさんは今から二十年程前、県に採用された。入庁初年度の夏、その日遅くまで残業し、日付が変わる頃帰途についた。特別に車通勤が許されている。 愛車のレガシーで県庁を出る。家まで三十分弱の道の…

根多加艮『比べるな。いや、でも』

地元でイタコと葬儀屋のバイトを掛け持ちしている旧友から電話があり、悩み事を相談したいからどこかで合わないかかと言われた。待ち合わせ場所の喫茶店に到着すると、彼はすでに座って待っていた。 彼は私が尋ねる前に先に話を始めた。 「最近まで震災の津…

多麻乃 美須々『盛岡浄水場には・・・』

今日は寒いなぁ。町中が灰色に凍えて、今にもパリンと裂けそうだ。張り裂けてバラバラになればいい。 たばこの栽培を巡って喧嘩して、故郷の遠野を追われ、どうにか盛岡に辿り着いた。あの日、この喫茶店のドアを開け、倒れ込むように入ったのも寒い冬の夕方…

田中せいや『わっりゅうじん』

震災後、一時帰宅が許され、群馬の避難所から東北の自宅へ、パパの車で向かった。 「パパ、あれなに?」もうすぐ到着って時、ずっと前方の上空に、蛇のようなものがうねってた。「連凧だろ」すると横で眠ってたじいちゃんが、とつぜん起きて話し出した。 「…

根多加艮『シコフミ』

震災時に失職した私は一ヶ月後、なんとか仕事を見つけた。 初心者歓迎、河童とシコを踏む仕事だという。集合場所に行くと親方と名乗る男が立っており、側のトラックの荷台には河童が二十程乗せられている。親方はさっそく今日の仕事場に向かうといい、助手席…

三和浩子『古い写真の少女』

私の叔父が戦争に行く前に 記念に撮った写真があります その写真を良く見ると 私が小さいころにそっくりな顔をした 女の子がいました 両親に この人だれ?と聞くと 母の従姉だそうです よく見ると顔の中央に痣があり このことをずいぶん苦にしていたそうです…

明神ちさと『ガッコ茶奇談 〜蓴菜〜』

「昨晩もあの人が――浩之さんが来たわ。優しい顔で。亡くなる時はどんなにか苦しかったでしょうに」 両手で顔を覆う睦子が哀れで、佳代は姪っ子の肩にそっと触れる。やつれた感触に思わず掌を浮かしそうになるのを何とか堪えた。 「あなた達のことが心配で見…

百句鳥『よびごえ』

「昭和八年に東北地方で起きた三陸地震は、数多の死者を出す大災害となりました」 木造の家屋は次々と倒壊し、海に面した町は瞬時にして悲鳴に包まれた。程なくして山の様な津波が襲い掛かる。それは崩れた家や逃げ遅れた人を飲み込んで、情け容赦なく押し流…

高柴三聞『氷柱女と百万年の孤独』

雪の日は、特に音のないような夜の雪が嫌いだ。 寒さだけではない。胸をえぐるような寂しさが襲ってくるのだ。寂しいから、酒を呑みに街へ繰り出し、毎夜彷徨った。そんな時に、その女と出合った。 街のはずれで一人、建物に寄りかかる様にして立っていた。 …

灰島慎二『おしゃぶり』

少年は、黒い海に多くの宝物を奪われた。楽天イーグルスの投手に貰ったサインボール、住み慣れた木造の家、そして一月に生まれたばかりの弟。少年は笑わなくなった。避難所に芸能人が来た時も、小学校で友達と再会した時も、仮設住宅に家族三人で移り住んだ…

灰島慎二『黒金と白』

昭和最後の夏。 宮城に住む男が、銀塩の一眼レフカメラを手に入れた。早速試し撮りをしようと、山形に向かって車を走らせた。峠を通るルートである。 狭い山道を、酷く曲がりくねったカーブに沿って上っていく。いたる所でガードレールが凹み、ねじ曲がって…

灰島慎二『神隠し隠し』

昔。 秋田県のとある村で、赤子ばかり消える神隠しが多発した。 どうしたものかと男達は話し合った。 山裾に住む狩人が、山の奥で妙な小屋を見つけたことを皆に伝えた。 するといつも無口な若者が、人を喰う鬼婆の住処に違いない、とナタを持って独りで山に…

百石秋堂『老人と故障』

まだ雪が積もる二月の畦道に、黒装束で舞う老人がある。 頭には大きく煌びやかな馬頭型の烏帽子を被り、それを地面に擦り付けんばかりに振り回している。その所作は、この地方に伝わる豊年の予祝、えんぶりであろう。ならば手に持つ太い短杖は、ジャンギであ…

百石秋堂『お盆』

ぬた、と盆の夜の海は、粘りつくように暗い埠頭の岸壁にあたった。 八戸には珍しい、風のない熱帯夜である。 男は港に来ている。蒸し返る街中よりはましだろうとの期待は全く裏切られた。いつもなら吹いているはずの沖からの風が止んだ港は、潮気を帯びてべ…

青木美土里『あんじゅ様』

どこの家にも独自の習慣や決まりごとはあるだろうが、我が家では年に一度「お精進の日」なるものがあり、一族全員が本家に集い精進料理を食すことになっていた。盆と正月にも揃わない親戚連中が一堂に会するこの日は、食事の前に皆で記念写真を撮る。毎年続…

古屋賢一『同じ墓に入る』

有名人の墓参りが先輩の趣味なんですが、キリストの墓、という道路標識を青森県の新郷村で見たときには運転席からずり落ちかけたらしいです。 「シートベルト締めててよかった」 「ああいうのって役所がつけるんやろ? 公的に認められてるってこと?」 ひと…

古屋賢一『輪辻ひなの伝記』

駆けつけたらすでに命を機械に預けた状態で、もう母は助からないのだとわたしは覚悟しました。しかし六日後に目を覚ますと主治医も驚くほどの回復力を見せ、まだ早いってひなばあちゃんに叱られた、と掠れる声で泣くみたいに笑いました。ひなばあちゃんとい…

佐原淘『がれきの中の猫』

夜、がれき達が泣き叫んでいる。その声を聞けるのは猫だけだ。人間達は知らないが、猫は「物」の声を聞く事ができる。 潰れた自動車が、梁の木っ端が、子供の自転車が、乳児のよだれかけの紐が、なぜ自分はご主人を守れなかったのか、と自責の念で狂わんばか…

金魚屋『ばんっ』

さくらんぼの実が色づいてくると、神谷さんの畑のガス鉄砲が、ばんっ、と大きな音を出し始める。ガス鉄砲とは、さくらんぼをついばむ鳥達を脅す、爆音機のこと。 隣に住む橋本さんの息子が、音に驚いて赤子が泣きやまない、と苦情を言いにきた。神谷さんは、…