小笠原 優『奥の間に棲むモノ』

 自殺願望は無いが、最近は「ゴミ捨て場に捨てられたいなぁ」などと妄想する。
 二〇一一年の震災後、人事異動で移された部門では嫌なミスが続いた。挙句、新しいチーフには「やる気無いのか」と詰られた。
 今日も昼食を取る余裕は無く、時計の針は既に午後四時を過ぎていた。そのまま自宅に帰る気にもなれず、気づくと幼少を過ごした母方の祖父母の家へ向かっていた。
 祖父母は十年前に他界していて家は廃屋になっている。震災後訪れるのは初めてだ。
 屋根の一部が玄関の前に落ちている。窓硝子は割れて、庭にはゴミ袋や瓦礫があった。
「ゴミ捨て場になっている」と思った。
 縁側まで進んでドキリとした。奥の間に誰かいる。―死体? 以前、仙台箪笥が置かれていた場所にゴロリと横になっている。動揺しながら私はそれを凝視した。人ではない。
 褐色のワニが濃い紫の着物を着ているような姿だ。ボサボサした頭髪の上には二本の木の枝のようなものが突き立っている。黄色がかった爬虫類の目玉がこちらに向いた。
 その眼には見覚えがあった。
 私が五歳の頃だ。それは奥の間で仏壇に供えてあった薄皮饅頭を食べていた。
 それは今と同じように私の方へ目玉を動かし、億劫そうに立ち上がって仙台箪笥の脇の隙間に消えた。驚いて祖母に訴えると、
「怖がることはないよ。あれが見えたのなら何かいいことがあるかもね」
 祖母は穏やかに云った。その後、幼稚園で描いた絵が何かのコンテストで受賞した。
 私は庭を飛び出し、北仙台駅に向かって駆け出した。自宅に帰ると、私はイラストコンテストで入賞していた。
―あれが見えたのなら何かいいことがある

 職場での苦い扱いは変わらない。だが、妙な妄想に甘えるのはやめた。あの黄色い眼球が、今も私を見ているような気がするのだ。