角蝉『赤い権現様』

 夏のとある午後、私はヤブを掻き分けて小高い塚の斜面を登っていた。すっかり周囲は拓けてしまったが、ここだけはまだ森の一部がまだ残っている。
 子供のころ、同じにようにここを登ったことがある。目的は、てっぺんにある古い祠。ちょっとした肝試しだった。年寄りたちが、昔ここは魔の森で、入ると怖いものに遭ったのだと言ったからだ。
 じゃんけんに負けた私は、一人で登り、そして降りてくると、友人たちは皆いなかった。腹を立てて帰ったのを覚えている。
 その時、証として、祠の中の権現様を確認した。赤い、獅子頭に似たそれは確かに不気味ではあったけれど、他の祠や家に祀られている権現様と変わり無かった。
 だが昨日、法事で帰ってきた私に、婆さんがふと言ったのだ。
「あそこの権現様は、お前が生まれる随分前に、別の場所に移した」
 どうでもいい話といえばどうでもいい話だ。
 だが私は、それが無性に気になった。そして、用事で偶然塚の前を通りがかると、やもたてもいられずに、塚を登り始めたのだ。
 なんだかとても不安になったから。
 私は本当に権現様を見たのか。
 なぜ次の日、私を置き去りにした友人たちは、何も語らず、怯えるような目つきで私を見たのか。
 塚を登りきり、私は祠の前に立った。
 祠は、私がかつて見た以上に荒廃し、朽木の塊のようになってはいた。奥に置かれた神棚、扉で閉じられたその中に、あれはあったはずだ。
 神棚に手をかけた瞬間、扉は蝶番ごと外れ落ちた。
 ごとり。
 ああ。
 そうして。私は思い出すのだった。
 そうして、私は理解するのだった。
 あの日、友人たちがいなかったのは、逃げたからだ、と。恐らくは、私の悲鳴を聞いて。
 そして今、私は。
 声を上げず、黙って扉を拾い、強引にはめ込むように戻した。
 そうして塚を降りる。
 踏み込む足に力が入らないのはなぜだろう。汗もすっかりひいている。
 権現様だ。あれは、赤い権現様だ。