2011-12-29から1日間の記事一覧

いいだろう『キャバレーみちのく』

いつの間にかポケットに入っていた葉書に導かれ、優は東北新幹線の上りホームに立っていた。多くの人で溢れかえっているのにホームは妙に静かだった。皆青白い顔で俯き黙って立っている。その時後から肩を叩かれた。 振り返ると仲良しの怜が立っていた。 「…

こまつまつこ『障子に差す影』

まだ夜の道が真っ暗だった頃、子供だった祖母は、お遣いで隣町に行くのがとても嫌だったそうだ。隣町といっても祖母の住む村からは畑しかない一本道を、数時間かけて歩かなければならないような場所にある。加えて徒歩が主流の時代である。祖母はその道を通…

こまつまつこ『塀の向こう』

私は小学生の夏休みを叔父夫婦の家で過ごした。叔父の住む村は昔、養蚕で暮らしを立てていた名残で、縁起物だと言って天井に繭を吊るしていたのを覚えている。 初めこそあちこち物珍しく遊びまわったが、所詮は何もない田舎である。川遊びや虫取りにもすぐに…

勝山 海百合『山の人魚』

(これは叔父から聞いた話だけれど、叔父はテホ語り、いわゆるほら吹きだったので、眉に唾をつけて聞くように) 人魚というものは山にもいる。しかしどこだりにいるものでもない。山の奥の、水がこんこんと湧き、冬でも凍らないような沢にいるものだ。 トラ…

こまつまつこ『糠の中』

母は漬物が得意で、我が家の食卓にはよく浅漬けや古漬けが並びます。全て自宅で漬けたもので、台所には大きな瓶に糠床が張ってあります。私は、どうせなら庭に畑を作って漬物用の野菜を育てればいいと言ったことがありましたが、その時の母はあまりいい顔を…

敬志『日に二回』

深夜、岡山から増援で来ていた警官三人が、釜石から大槌へ向かう海岸線をパトロールしていると、海辺に大勢の人影を見た。その時期、夜でも家族を捜している人もいたのだが 、念の為に浜に降り声を掛けた。 目の前で人影は消えた。 パトロールは五人に増えた…

深野ちかる『数えるなら左から』

Kさんの祖母は特殊な能力があったそうだ。人の相談にのってアドバイスをし、ありがたがられたらしい。父親や叔父たちを苛つかせたのは、祖母が能力を金儲けにしなかったからではないかとKさんは思っていた。 臨終の床で祖母は中学生だったKさんに遺言を残…

多麻乃 美須々『遠くから歌声が聞こえる』

遠くから歌声がする。漁が終わり小さな船に乗って港に向かう時だった。じいだと思ったけれど、そうじゃない。女の人の声のようだから。兄いに「誰か歌っているよ」と言っても、相手にされない。とても恐ろしくて、低い声で、大勢の女の人が歌っているのに。…

井上徳也『漂着』

爽やかな風が椰子の葉を揺らしている。空は高く、青い。いつもは地元や日本の観光客で溢れている砂浜。だが今は波の音が聞こえるだけだ。大きなものは撤去されたようだが、それでも波打ち際には小さな瓦礫や木片、日本語の看板が残っている。長い距離を超え…

早夜『側に……』

「 左肩が痛み出し、首が回らなくなって半年が経つ。多忙さを理由に今日まで過ごしてきたが、痛みの度合いは軽減するどころか日毎に増すばかりで、いよいよ心配になってきた。取引先での昼食会にて、先方の部長から“左肩に男の人が憑り付いていますよ”と指摘…

敬志『老人踊り』

獅子踊りは自分の町だけに在るのでは無いと初めて知ったのは、子供会で盛岡まで踊りに行った小二の時だった。 それでも山ひとつ町ひとつ跨げば笛も振りも違ってくる。おら達の方が格好イイよなと流されたままの文治がよく言っていた。 川の瓦礫が片付いた頃…

国東『ひとむくどり』

ちょうど目的地手前の電線に黒い血と膿の充実したイボに似たかたまりが寄り添って並んでいる。むくどりだ。路面はすっかり艶黒に濡れていたが糞の雨はまだ止む気配もなく。 道を変え学校前を抜けようとしたが西向きの道には糞の横断幕がかかっていた。マリオ…

ルリコ『河童の首くくり』

夜半に、勝手口から遠慮がちに昆布問屋の使用人が声を掛けた。畳を2枚、早急に、できたら夜が明けるまでに取り替えて欲しいという。私は父と職人二人と一緒に秋田駅前の店から千秋公園を斜に横切って大八車で畳を運んだ。初めて行く立派な屋敷だった。高い…

みどりこ『白雪姫』

ドアを開けると、千春が立っていた。こちらを見つめ、かわいらしく笑っている。俺は目も合わせずに顔をそむけた。 笑えるはずないのに。亭主はいつまでたっても無職で、酒の量ばかりが増えているのだから。 千春は会社の後輩だった。艶やかな黒髪と、積もり…

角蝉『赤い権現様』

夏のとある午後、私はヤブを掻き分けて小高い塚の斜面を登っていた。すっかり周囲は拓けてしまったが、ここだけはまだ森の一部がまだ残っている。 子供のころ、同じにようにここを登ったことがある。目的は、てっぺんにある古い祠。ちょっとした肝試しだった…

沙木とも子『海に眠るもの』

「てっきりなぶらじゃ、思うたさ」 その日、嘗てかつおの一本釣りで鳴らした泰三伯父は、酒杯片手に珍しく饒舌だった。 「こりゃあきっと、不漁続きの儂らを哀れんで、船霊さまが下された、一世一代の大なぶらにちげえねえ、ってな」 前方の海域に黒々と横た…

秋乃 桜子『メモリアル ダイアモンド』

「故人のご遺骨から炭素を抽出し精製、メモリアルダイアモンドに・・・」 私はインターネットネットで見つけた記事を読んでいた。骨の一部か、あるいは遺骨の全部で人工ダイアが作れると言う。全部の骨を使うと墓の心配もなくなる。妻は、まもなく天使になる…

剣先あおり『しらこま』

私がこの山を選んだ理由に子供の頃に読んだ妖怪図鑑の影響が有る。 「しらこま:白い馬に乗った美しい天女の姿で山道で迷った者の前に現れる。その者が善良であれば正しい道を教え、福を授けるが、邪であれば誤った道を教え、喰い殺すという」 東北出身の作…

一双『海坊主の背中』

娘で、母で、祖母で、曾祖母だった東北の女が遺した話。 子と、孫と、ひ孫に、何度も聴かせた話。 高台から、さらに登った山の中腹まで走るのは、五歳だった女にはかなりきつかった。荒い息がいつまでも収まらず、倒れそうになりながら、呑まれる町を見下ろ…