深野ちかる『数えるなら左から』

 Kさんの祖母は特殊な能力があったそうだ。人の相談にのってアドバイスをし、ありがたがられたらしい。父親や叔父たちを苛つかせたのは、祖母が能力を金儲けにしなかったからではないかとKさんは思っていた。
 臨終の床で祖母は中学生だったKさんに遺言を残した。
数えるなら左から。
大人たちは嗤った。意味がわからない。ぼけていたのかねぇ。
 大学生になったKさんは卒論のために地蔵を訪ね歩いていた。
 陸奥の或る町で、坂から逸れた細い道からどやどやと出てくる人がいた。皆、高揚した表情を浮かべている。
「何があるんですか」
 黄色い自転車を押した男性が聞き、肯いて細い道へ進んで行った。
 ぴったりと追うことは憚られ、Kさんはしばらくしてから道を進んだ。途中から急な坂になった。石畳が途切れる手前にこじゃれた自転車が二台あった。トマトレッドを効かせた一台と、先程の黄色い自転車だ。さっきの男性のほかにも誰かいるらしい。
 ふかふかと落ち葉が敷き詰められていた。太い木に倒れ掛かるように、石柱がある。観音の文字が見て取れた。墓標ほどの大きさの石が七つ、最大の土台には何も載せられていない。さらに奥にも何かあるようだ。結界の記しのように折れた竹をくぐった。
 夥しい地蔵を祀った祠があった。どの地蔵うにも顔がない。いったいいくつあるのか。祠の内部を覗き込み、視線をあげると、ぞっとした。地蔵の塔はどこまでも続いている。見渡しても先を行った男性の姿は見えなかった。
 手を合わせ、石畳へ戻る手前に「危険区域」「立入禁止」の看板があった。
何のいたずらか、看板は危険区域の内側を向いていた。