萬暮雨(まんぼう)『みきちゃん』

 村に、みきちゃんという女の子がいた。どんな漢字をあてるのか知らないほど小さい頃の話だ。ある夕暮れ、みきちゃんがふっといなくなってしまった。
 みきちゃんの家の柿の木がたわわに実をつけていたから、秋に違いない。小さな草履のかたっぽが、ぽつんと木の根元に落ちていた。
 もちろん、駐在さんを先頭に、村総出の捜索が行われた。しかし、みきちゃんと行方は杳として知れなかった。神隠しに遭っちまっただ。大人たちは言った。カミカクスってなんだ。幼い私は訊いた。みきちゃんは見目よい女子だったで神様がお隠しになっちまっただよ。疲労で濁った大人たちの顔には、「神様じゃ仕方ねえべさ」と書いてあるようだった。
 みきちゃんのオカアはそれから頭がおかしくなり、オドウは納屋で首を吊った。間もなく、みきちゃんの家は取り壊された。
 何年かして、裏の山で茸を採っていた私は、ひょっこりみきちゃんに出くわした。
 みきちゃんはすらりと背が伸びていたが、着物はいなくなった時のまんまで、お猿のちゃんちゃんこみたいになっていた。所々に妙な色の継ぎが当たっていた。おれは神隠しさ遭ったんじゃねえ、山男さ浚われたんだ。みきちゃんは声を潜めて囁いた。山男が出かけた留守に抜け出してきただが、また戻らねばなんね。そうでねェと、オカアとオドウが殺される。山男はおっかねえだ。おれも毎日のように折檻されてる。みきちゃんは哀しげに眼を伏せて肌を脱いだ。雪んこのように白い背中には、酷たらしい折檻の痕が、何匹もの大きな蜘蛛の形に這いめぐっていた。
 私はどうしてみきちゃんに、もうおめェのオカアもオドウもこの世にいねえだと教えてやらなかったのか。何故この話を村の誰にも告げなかったのか。恐ろしいのは山男だったのか、みきちゃんだったのか。それとも……。
 風がひとふき吹いて、気がつくと、みきちゃんは永遠に消えてしまっていた。