萬暮雨(まんぼう)『柿』

 宅急便が届いた。訝しさに俺は首を捻った。住所は山形県の某村。俺の生まれ故郷。送り主は幼馴染。今年の夏に帰郷した俺は彼を訪ね、そして、取り返しのつかぬことをした。
 なぜあんなことを言ってしまったのか。農業が嫌で村を飛び出したくせに、どっしりとした柱や梁を持つ家と、平凡ながら幸せそのもののような友の家庭が今更ながら妬ましかったのだ。東京暮らしと言えば聞こえはいいが、派遣の身で不安定な生活しか送れていない自分。彼の妻が親しみのこもった笑顔で茶菓を運んできた時、己の中の何かが壊れた。
 俺たち三人は同じ高校の出身で、彼女は嘗て男子生徒のマドンナ的存在だった。高校を卒業した後、彼女は一時仙台で働いていたと聞いている。仙台は東北の山間の人間にとって最も手近な都会だ。だが、彼女は結局地元に戻り、彼と結婚し、子を成した。賢明にも。
 女性は子供を一人産んだ後が一番美しいというが、そのしっとり脂の乗った女の香に眩暈を覚えた。こいつはこんな躯を自分のものにしているのか。それも夜毎……。
 何年か前だが、仙台でお前の奥さんに会ったよ、いやホテルで。電話番号で呼ぶやつ、知ってるだろ?ドアを開けてびっくりさ。チェンジしといてよかったぜ、まさか――。
 彼女の見えないところで、旧友にそっと耳打ちした。二度とくるな。友は押し殺した声で搾り出すように呻いた。確かめてみろよ、ベッドの中で。彼の拳がふるふる震えていた。
 包みを開くと箱詰めの大きな柿で、添えられていた手紙は意外にも奥さんの手跡だった。夫が自殺しました。心当たりは全くありません。急なことに茫然としておりますが、故人の遺志ですのでお送りしますとあった。
 俺は台所に立ち、包丁を握った。柿を割ろうとしたが、皮のすぐ下でグッと刃が撥ね返されてしまう。指を割れ目にこじ入れて捲ったら、中から拳が出て、ごろりと流しに落ちた。拳は流しの上で、いつまでも震え続けた。