湯菜岸時也『新島八重は思った』

 会津では昔、円蔵寺の虚空蔵堂を建立する際、突然出現した牛の群が材木を運ぶのを手助けしたという伝説が語り継がれている。
 その苦役に、さすがの牛達もバタバタと倒れたが、一頭の赤牛《あかべこ》だけは最後までへこたれなかったという。
 彼女は会津城の戊辰戦争で、傷を負った兵の看護をしながら、その伝説を思い出し、
 (藩が滅びるかもしれないのに、どうして神様は加勢してくれないんだろう?)
 と、不満だった。
 戦況は圧倒的に不利で、藁にもすがりたい心境だったが、気丈な彼女は弱気になる自分を叱り、(来ないなら、来ないでいい! なら私が《あかべこ》さなる!)
 そう奮起して、父から習った火縄銃で活躍した。だが多勢に無勢、奮闘むなしく会津藩は、その歴史に幕を下ろすことなる。
 彼女は思い知った。事を成すには、より多くの《あかべこ》が必要なのだと――。
 《時代は変わり明治の世となった》
 年老いた彼女は、校庭で満開になった八重桜から背を向けた。花びらが舞い散る様子が落命した会津兵を思い出させるのだ。
 と、創設した大学の校舎から勇ましい牛の鳴き声が聞こえた。何万頭もの《あかべこ》の鳴き声だ。それは、あの戦いにはなかった《希望》そのものだと彼女は感じた。
 振り向くと、最新の西洋の建築技術を取り入れた赤レンガの建物が巨大な一頭の赤牛を連想させた。いや、レンガの一つ一つが赤牛なのだ。彼女は思った。 
 (会津城で、あれだけ願った《あかべこ》が、ようやく来てくれるとは)
 その理由はわかっていた。神は人の争いなどに興味がないのだ。
 彼女は心の中で校舎に語りかけた。
 (力になってくれるかい)
 男尊女卑が残り、女性に参政権はおろか選挙権さえない時代の話だ。