湯菜岸時也『友人の研究』

 どうも神は、人が領域に近づくのを好まないらしい。「東北へ取材旅行へ出る」と言ったきり、十日も音信不通だと、大学の友達の彼女に泣きつかれた。民俗学を専攻した奴の研究テーマは《農作業と邪神》だという。
 取材している『はんこたんな』は農作業の時、虫除けや日よけのために顔を隠す布で、忍者の覆面みたいなものだ。ちなみに『はんこ』は半分、『たんな』は帯の事らしい。 
 以前、ゼミで教授から帯は『かが』つまり蛇を意味し、日本では鼠の害から守る神として崇めながら田植えをしたらしいので、
 「山形に、よく似た『かがぼうし』(この場合は顔を出す)があるから、其処かも」
 と、答えたが、これではさすがに適当すぎると反省し、手がかりをネットで調べてみると、美術館で『はんこたんな』を題材にした展覧会があるので行ってみた。
 印象に残ったのは絵画の裸婦像で、顔を隠しているから、はじめは若い肉体のみを誇張した印象を持ったが、布が封建時代、好色な領主から身を守る知恵でもあったと知れば、ガラリと印象が変わり、表情が欠落した姿は束縛の象徴のように思えてくる。
 覆面の隙間からのぞく目は、まるで監獄から、こちらの様子を窺う囚人じゃないか。
 美術館から出たら、出入り口で『はんこたんな』をした男が蹲っていた。ズボンの裾から足首が出たり、裄がチグハグだったり寸法がまるで違う。まてよ、着ているのは洋服棚にかけておいた俺の服だ。
 そいつは友人の声で笑いながら、こっちを見上げた。目がない、というか頭がない。首の代わりに大きな蛇がとぐろを巻いているだけだ! そこから記憶がないが、たぶん悲鳴をあげて走っていたと思う。千鳥足でバス停に辿り着いたところで携帯電話が鳴った。
 「今、帰ったんです!」と、彼女の嬉しそうな声が聞こえてくる。一瞬だが「逃げろ!」と注意すべきかどうか迷った。