福永緑丸『赤川のケンボ』

 津軽弁で「ろー」という表現がある。これは「ほら、見てみろ」という意味で、目的物を指して言う場合と、人や物を指して馬鹿にする場合と二通りある。男女問わず年配の人はよく使う。「れー」という場合もあるがこれも同義である。
青森市に赤川という川がある。このほとりに、五年前亡くなったケンボという男の幽霊が出る。ケンボとは「ケン坊」という呼び名が訛ったものだ。生まれつき体が不自由で、亡くなる四十歳まで働けず、せいぜい外出しても、この川のあたりを散歩する程度だったという。ケンボの幽霊は、度々目撃された。
近くに住む松のジイという人が川の対岸からケンボを見かけた時、こう言った。
「ろー、ケンボ、いづまんでもあやして成仏でぎねんで、れー」
ケンボは、嫌そうに顔を歪ませた。そして、顔を両手で覆うと川へ飛び込んだ。だが、水に入る前にスッと消えた。それを見た松のジイは大声で笑った。