おおつきらい『あの山のお婆さん。』

母親には、絶対に子供だけでは登ってはいけないと言われていたが、言われるほど登りたくなるもの。僕は弟と一緒に、近所の山に登ることにした。遊びに行くと嘘をつき、自転車で二人向かうと、程なくその山へと着いた。さあ、登ろうとしたとき、弟が古い、半ば朽ち果てた祠を見つけ、そして手を合わせた。僕も自然に手を合わせ、ようやく登り始めた。何て事の無い山のはずだし、現に道もふつうの山道だったが、いっこうに頂上へ着かない。いつのまにやら陽は沈みかけ、薄暗くなって来ると、弟が不安を口にし、半ば泣きかけた。もちろん僕も不安になったが、兄の手前、弱音を吐かずにいると、僕たちの前に、お婆さんが現れた。とても優しそうなお婆さんだった。そのお婆さんは僕たちに優しく、「もう帰りなさい。下まで案内するから。」と促してくれた。僕たちはお婆さんに従い、今来た山道を下ると、想像以上に早く山の麓へと降りれた。「さあ、ここからは二人で行きなさい。二人でね。」僕たちはお婆さんにお礼を言って、完全に山を下ると、ちょっとした騒ぎになっていた。どうやら僕たちの行方が分からなくなったと、捜索隊が向かうところだったらしい。「あの山に行ってはダメと言ったでしょう。」と母親はカンカンだったが、僕たち兄弟には訳が分からなかった。あまりにも怒られたので、それ以来、あの山には行かなかったが、僕が大きくなるまでに、何人も子供たちが、その山へ入って、迷っては助けられていた。そして、いつの日かその山が、神隠しの山と言われている事を知った。しかし、神隠しと言う割には、誰一人神隠しにはあっていない。みんな迷っても、必ず助かっているのだ。幼い頃出逢った、お婆さんがふと目に浮かんだ。お婆さん。あのお婆さんは何者だったのだろう。今さら知る余地もないが、何だかお婆さんが寂しく、そして悲しく思えた。