紅 侘助『真説・黒塚』

 到頭ご覧になり申したか。
 如何にも、その累々たる白骨の山は、凡て此の媼の殺めた人の物に御座います。
 遍く人というものは、するなと云われれば、それをせずには居られぬ難儀な性分を抱えて居ります。御坊に見てはならぬと申したのは、屹度確かめずには居られなくなる、端からそう思えばこその事に御座います。
 妾は己が命の次に大切な者と、その者の宿すか弱き命をこの手に掛けた大罪人に御座います。洗うても洗うても、この両の手を朱に染める血潮は流す事叶わず、断末の悲鳴は此の耳朶に響いて止まらないので御座います。
 此の果てのない苦しみ、一体何方に解りましょう。己が愛娘を此の手に掛けた返す刃で己の喉笛を切り裂き命果つるとも、救い切れぬ程の業罪を抱え、冥府魔道に堕ちたる苦悩を如何にして感得出来ましょう。
 己が幽身を現身とし、此の岩屋に旅往く数多の僧侶を招き入れたるは、偏に其の法力に頼み引導を受けんが為。能く能くご覧じろ。白骨の山並の陰、奥に転がる最早蛆すらも集らぬ頭蓋が妾の成れの果てに御座います。
 幾星霜過ごしました事で御座いましょう。幾人の旅僧に頼みました事で御座いましょう。我が業罪の其の深さ故か、此まで見えた僧の法力の脆弱なるが故か、未だ斯うして此の世を彷徨うて居るので御座います。
 御坊の背負うて居なさった笈に、如意輪観世音菩薩の御座すのは先刻承知の事。其の霊験、当に灼たかと存じまする。
 もう此度にしとう御座います。
 南無如意輪観世音菩薩。伏して願わくば、妾に破魔の白真弓に金剛の矢を番えて射ち給え。此の下卑たる魄霊を消尽せしめ、冥道より解き放ち光明を授け給え。妾を哀れと思し召すならば、この軛より解き放ち給え。
 御坊の法力、妾を成仏させられましょうや。それとも此度も白骨の山に新たしき僧の亡骸が加わりましょうや。さあ。いざや。