たまりしょうゆ『千年童(せんねんわらし)』

 ぼくはここにいる。
 ずっとずっと、遠い昔からこの家に。
 幾多の家族たちと暖かな春を、暑い夏を、そして厳しい冬を越えた。
 山々に囲まれた土地の冬は白く鉛色の空は暗い。閉ざされた季節、一族は囲炉裏ばたに寄り集まる。寡黙な大人達もこの時ばかりは雄弁に語りはじめる。遠い昔の伝承や、山に棲む大男の話、天狗に河童に、消えた女の話。
 子供たちは身を寄せ合い、語り部の声に耳を傾ける。ぼくは暗がりの奥から様子を伺う。
 ……どんとはれ。その声が嬉しくて、ぼくは跳ねまわる。暗い部屋で畳の上を駆ける。
 すると家族はお互いに顔を見合わせ、大人の誰かが口を開く
「じゃじゃ、ザシキワラシっこば、騒いでらじゃ」
 僕は子供たちに紛れて遊んだ。たまに目が合うと、目を丸くしてぴゅっと逃げてゆく。
 それから、幾つの季節を越えたのだろう。大人は老いてゆき、子供達は大人になった。新しい命の誕生と別れを見た。何度も繰り返す、幾つもの季節。
 気が付くと、誰も囲炉裏を囲まなくなっていた。
 その代り、皆はちかちかと光と音を出す不思議な箱を見つめていた。
 暗かった部屋には不思議な明かりが灯るようになった。ぼくは怖くなり、僅かに残る暗がりに身を潜め、語り部たちの声をじっと待った。
 けれど、もう声は聞こえなかった。
 家は石のように固くて冷たい物になった。ぴかぴか光る箱は薄くなり、子供たちはいつも小さなぴかぴかを手に持って遊んでいた。
 家族は家族のままだけど、囲炉裏はもう無かった。
 もう誰もぼくを見てくれない。
 ぼくは……ここにいるのに。
 そんなある日、女の子が手に持った小さなぴかぴかを掲げ、ぼくの顔を覗きこんだ。
「うわ、本当にいた!」
「……ぼくが、わかるの?」
「うん。AR異相センサで探すのが流行ってるの。スマホアプリだけど、はじめて見つけたよ。こんにちは、ザシキワラシさん」
 彼女はぴかぴか越しに微笑んだ。