応青『雪華飛舞』

 この村もすっかり寂しくなって、と古老は煙草盆の縁に煙管を打った。外は、変わらずの大雪―この降りでは明日の朝までには三尺は積もろうか。……以前は五十軒もあったが今では、わずか六軒きりになってしもうて。それも、みんな年寄りばかりじゃ。なんせ冬が長いからのう。くる日も、くる日も今夜のような大雪だ……それにしても、よくおいでてくれた、こんな日に。古老は目を細めた。囲炉裏が爆ぜ小枝に炎が揺らぐ。しばらくしたら奥座敷の用意もできようから、それまではゆっくりと体を温めてくだされや。
 この村に初めて門付けに入ってから、かれこれ五十年にもなろうか。まだ十五の歳で、姉さん達が先導してくれたものだ。北みちのくの雪は深い。膝まで潜るそんな深雪をかき分けるように踏み固めながら、雪ざされた小村を巡り歩いた。その姉さん達も、そして雪に埋もれた家屋で待っていてくれた村人たちも、みんな、みんな逝ってしまった。優しい人たちばかりだったのに。熱い茶の碗で凍えた指先を温めながら、思いは、つい昔に戻ってしまう。佐助さんも……津軽口説きが大好きな人だった。そう、久しぶりに語ってみようか、と胡弓の調子合わせも終わろうとしたとき、用意ができたそうな、と古老がいった。
 毎冬のことながら、古老の肩に手を置き奥座敷へと続く長い廊下を歩むときは、妙に気持ちが張る。それでいいのだよ。いつの間にやらお波姉さんが後ろについている。隣で緒凛姉さんが微笑む。熾り炭の匂いが漂い、膳の用意も整っているようだ。座っているのは、古老ひとりきり。が、瞽女が胡弓の絃を鳴らすや、ひとつ、ふたつと座は埋まり始め、宴席のざわめきがやがて座敷を満たしていく。姉さん達の三味線が入る。軽やかなあの笑い声は佐助さんだね。若瞽女の弾く胡弓は絃を震わせ哀切に鳴り響き吹雪き、雪華は舞い散った。そんな雪瞽女の巡り行く小さな廃村が、北みちのくには点々と今も残るという。