ねこまた『帰宅』

「何だって、また」
俺は所々破れた油紙で包まれた一枚の絵を前にして溜息混じりにぼやいた。
それは俺の周りに座っていた家族も同じ思いだった。
我が家には、先祖代々伝わる不思議な絵がある。
その絵を処分しようとしたり、売ろうとすると家族の誰かが死ぬと言う
曰く付きの絵だった。
だから、我が家では居間や客室には絶対にその絵は飾らないで、屋根裏の奥まった所に
油紙で包んで仕舞いこんでおいた。
それが先の地震で家屋が倒壊し、その後の津波で家が押し流された。
幸い我が家の家人には死傷者は出なかった。
多くの被災者を生んだ忌まわしい天災だったが、我が家にとって、あの絵が
津波で家と一緒に海に流されていく姿を見送ったとき、家族全員、奇妙な開放感と安堵感に包まれた。
不幸中の幸いだと心痛した。
その絵が、1年程立った今、また仮設住宅に暮らす家族の元に舞い戻っていた。
見つかったのは、アメリカだった。アラスカの沿岸に漂着していたそうだ。
それを現地の大使館を経由して、日本の外務省を通して我が家に戻ってきた。
TVでは珍しい事件、微笑ましい事件として、しばらく取り上げられたが、
TVに映る家人のぎこちなく笑う表情と取って付けたようなコメントに俺は苦笑いしていた。
「さて、どうすべぇ」
親父がぼやいた。
「家に置いておくしかなか」
お袋が諦めたようにぽつりと呟いた。
お袋の言葉にその場にいた全員が頷いた。
「よっこらっせ」
そう言ってお袋は腰を上げて、その絵を押入れの天袋に仕舞いこんだ。
俺はそんなお袋の背中をぼんやりと眺めていた。
不思議なのは、その絵には連絡先も何も書かれていない。
今もどうやって、我が家に戻ってきたのかわからない。