斗田浜仁『Gエッグ』

 二十一世紀になる少し前の話。夜中に友人二人とS市の滝へ行った。
「これだけでかい卵があったら、何人分の卵焼きが作れるだろう」懐中電灯の光の中で、私達は銀色に反射する大きな卵を見上げた。S市は有名な怪獣映画を撮った監督の出身地だ。町おこしで作られた卵のオブジェが滝の近くにあった。プラスチック製の張りぼてらしいが、暗闇の中では本物のように見えた。
「満月の夜、この卵が光る。その時、中に怪獣が現れる」怪しげな話をS市に生まれ育った友人が語った。私達が笑うと本当だと怒り出し、次の満月の夜に集まる事になった。
 半月後その友人が消えた。捜索願が出され、私達は警察に事情を聞かれた。彼が消えた前夜は満月だった。私は約束を忘れアルバイトをしていた。もう一人の友人はあの場所に行ったが、彼はいなかったと証言した。警察は滝周辺を捜したが、見つからなかった。疑われた友人は、事情聴取で話さなかったことを、私に話してくれた。
「あの晩、本当にオブジェは光っていた。ぼうっとして蛍火のようだった。殻の内側に黒い影が蠢いていた。影は怪獣ではなく人のようだった。中に彼がいると思い、入り口を探したが見つからない。急に光が強くなると、突然中から白い手が伸び、腕を掴んだ。逃れようと強く引っ張ると、殻からすり抜けるように人影が現れた。頭から足元まで白い服に身を包んでいた。顔はなかった。怖くなって人影を突き飛ばし、必死になって逃げた」
 卵のオブジェは私が卒業した翌年に不審火で燃え、撤去されたと聞いた。その頃から、もう一人の友人と連絡が取れなくなった。
 今、彼らは私の職場にいる。崩れた原子炉建屋のあちこちに現れる。不思議なことに彼らは普段着のままだ。彼らの方が異様なのに、私の姿を見ては怯える。私は戸惑い、悲しみ、そして理解した。この巨大なひび割れた卵の中では私が「怪しい獣」なのだと。