剣先あおり『さるげ』

 母親から宅配便が届いた。米や野菜を送ってくれたのかと思ったが妙に軽い。中を開ければ入っていたのは温泉の素だった。食い物じゃないのかよと、がっかりするがそれにしても土産をわざわざ送ってくるとは珍しい。見れば下北半島の温泉の源泉を使っているらしく、そういえば母親が友達と一緒に青森に旅行に行くと言っていたのを思い出した。
 さっそく使わせてもらった。沸かした湯の中に温泉の素をパラパラと落とし、手でかきまぜるとほんのり白く濁った湯になった。雰囲気出てるなあ、と思いながら入るとさすが本場の温泉の素。身体の芯までほっこり温まり、大いに満足した。ところが次の日、湯を流した後の浴槽を見ると何かがこびりついている。手に取ってみて、それは動物の毛と分かった。だが、うちは動物も飼っていないし毛が混ざるわけも分からない。まさかと思うが入浴剤にそんなものが入っているのか母親に電話すると、旅行には行ったがそんなものは知らないという。伝票はとっくに捨ててしまったが、確かに送り主は母親だった。母親の字だったかと言われても覚えてないが。
 気味が悪いと思いながらも再び温泉の素を使ってしまった。普通の市販の入浴剤にはない心地良さがある。ただ、湯につかっていると何だかざわざわする感じがした。まるで自分のそばで誰かが浸かっているようだった。一人で入っているのに大勢に囲まれている気配がして、何だか違和感のある臭いもする。入浴剤を入れた時は何もないし、中を見ても粉末だけだったのに暫くするとなぜか毛が浮いてきた。白くて短い毛だった。
 それからも母親名義の入浴剤は送られてくる。母親に聞いても知らない、送ってないという。タダだし、気持ちがいいので使っているが、最近部屋の中まで猿山臭いのがちょっと気になっている。