青山藍明『貸し切り』

「本日は、大浴場を貸し切りにしなくてはなりませぬので、温泉街にある、別の宿の風呂に入って頂きたいのです」
持病である腰痛に効き目があると耳にして、山奥のひなびた宿に足を運んだ私に、女将は着いたとたんにそう言い放った。旅先でトラブルを起こすのも良くないて察した私は、嫌々に承諾し、送り迎えしてくれることを条件に、麓にある温泉街へと車を出して貰って風呂を借りると、湯冷めしないように早々に宿へと戻った。
先程女将が私に告げたように、貸し切りの客が既に来ているらしく、大浴場からは賑やかな声が聞こえる。私は好奇心に煽られ、浴衣に着替えるとすぐさま大浴場へと足を運んだ。脱衣場に入ると、脱衣籠のなかに古くさい、煤けた着物がぐちゃぐちゃに押し込まれていた。どんな貸し切り客なんだ。首を傾げていると、ガラリと大浴場の入り口になる引き戸が開き、「あれ、お客さんかね」とびっくりした声を挙げられた。声の主は、顔は女将と同じく色白で小さい目におちょぼ口の、いかにも北国らしい美人であったが、その下は大蛇のような長い首をずるりと伸ばしていた。女は「一緒に入るかね?」とニタニタ笑いながら言ったが、私は長く伸びた首の向こうに見える大浴場でひしめきあう、貸し切り客の姿に言葉を失った。客たちはみな、目がひとつの男や頭に皿がついた者など、幼い頃絵本で見たモノノケによく似た奴等だった。
気がつくと、私は部屋に布団を敷いて寝かされていた。傍らには苦い顔をした女将が内密にして欲しいと私に念押しをし、部屋を出ていった。