崩木十弐『みちのくはヤバイ』

 Tさんは学生時代、愛車の400ccバイクで北への一人旅に出た。傷心旅行だった。いま思うと馬鹿みたいだが死に場所を探す気持ちもあったという。観光は一切せず交通量の少ないルートを選び、陽のあるうちはアクセル全開で無茶な走りを愉しんだ。死んで本望。腹がへったらパンを買い、夜は適当に野宿する。一人用テントを荷台に積んでいた。
 出発して四日目。宮城から山形へ抜けようと蔵王山中を走っていると、途中で陽が暮れた。どこで間違えたのか非舗装の細道に入り込んでいる。何時間もぶっ続けで運転し疲労はピークに達していた。のろのろ進んでいると少しひらけた場所に出たので、バイクを停め、テントを張ることにした。地面が固くペグ(杭)を打つのに手こずったが、どうにか設営し、なかに入るとすぐさま眠りに就いた。
 翌朝、けたたましいクラクションで目をさます。おもてが騒がしい。覗いてみると、目の前をタクシーが過った。慌てて外に出る。すぐそばを車が行きかっている。俄かに状況が呑み込めなかった。どういうわけかTさんは、大きな交差点の真ん中に、テントを張っていたのだ。右折するトラックの運転手が罵声を浴びせていく。わけが解らないまま撤収していると、山形県警のパトカーがやってきて手伝ってくれた。Tさんのバイクはどこにも見あたらなかった。
 その後連行され散々しぼられたことだが、道路に穴をあけた件は大目にみてもらったという。旅は終了。電車で帰った。
 だいぶたって、バイクが見つかったと警察から連絡が入る。なぜかジャスコ青森店の駐車場に放置されていたらしいのだ。状態は悪くないというので輸送してもらうと、着いてびっくり。派手な紫の族仕様車に改造され原形をまるで留めていなかったそうだ。
 みちのくはヤバイ――Tさんはそういって、二度と東北の地を訪れようとしない。