百句鳥『人壺』

 仙台市内の某町がまだ村であった頃、吉坊という者が住んでいた。自堕落な生活を送る軽薄な男だった。特に婦女子に対しては見境もなく痴れ言を放つので、老若男女を問わず嫌われていた。
 村には、お峰と呼ばれる年頃の美しい娘がいた。眉目麗しく、気立ての好い評判の孝行娘である。それだけに女好きの吉坊が無視する筈はない。常日頃より隙あらば迷惑も顧みずいい寄ろうとするので、お峰はもちろん家族や知人達の悩みの種となっていた。
 万が一にも大切な娘を不躾な男に汚されては堪らない。両親は村人達の知恵や助力を得ながら、数多の策を講じて遠ざけたものだ。垣根から庭先の縁側に座るお峰を覗く姿を見付けた時は、問答無用で箒を振り回しさえした。それは当然の対応に相違ない、と近所の者も見ぬふりを決め込んだ。
 吉坊も易々と引き下がりはしなかった。あの手この手を用いてお峰を付け回す彼の行動は、いよいよ大胆かつ無遠慮極まりないものとなる。ついには真夜中に風呂場を覗きに来たり、屋根裏に忍び込んだりと、恥も外聞もなく乱行に走りだした。
 いつか家人に危害が加えられる日が訪れるのではないかと、お峰は不安を募らせるばかり。それは両親も同じである。
 ところが思いも寄らず、吉坊は間もなく現れなくなった。唐突に行方を眩ましたのだ。これには誰もが首を傾げずにいられなかったが、厄介者の蒸発は悦ばしいと安堵する者が大半を占めた。
 そのまま月日が流れ、便壺の汲み取りを行う時期に入る。騒動が起きたのはその時、係の者が処理をしている最中だった。
 排泄物や拭いて捨てた紙に混ざり、腐敗しかけた人間の死体が発見された。しかも身体の特徴や衣服などを調べれば、行方不明になっていた吉坊に相違ない。
 便壺に潜り込める場所は直下式の便器しか思い付かなかった。その意味する所を察したお峰と両親の胸中に湧いた恐怖は筆舌に尽くし難いものであった。