百句鳥『年の暮れにて』

 年越しの準備を始める頃、不意に従兄から電話が入った。秋頃までは頻繁に連絡を取り合っていたのだが、師走ならではの多忙にかまけて間を空けてしまっていた。
「すまん。色々と忙しくて、なかなか電話をする機会がなかった。その後、叔父さんの具合はどうかな」
「気にしなくて好い。うちも見舞いやら家のことやらで、色んなものを後回しにしているからな。親父は大丈夫だ。経過は良好」
「越年も難しいと診断されていたのに、本当に好く持ち堪えてくれたよ」
「信じられない話だが、やっぱり例の件が利いたのかもなあ」
「何かあったのか」と訊ねる。
「昨年の大津波でお袋が死んで以来、親父が軽い鬱状態になった話はしたよな。多分、家から出て長い俺よりショックを受けたのだと思う。しかも病は気からという奴か、秋口に大病を患い、今年中の命かも知れないという話まで出るのは流石に極端な話だよ」
「いきなりだから聴いた時は吃驚した」
「俺ですら寝耳に水だったからな。無理もない。……それでな、少し前に病状が悪化していよいよ峠を迎える所に来たんだ。この時はもう覚悟を決めていたよ」
「そして、叔父さんは乗り越えてくれた」
「親父は頑張ったよ。でも、後から変なことをいいだしたんだ」
「三途の川から引き返したばかりだ。多少の寝言は勘弁してあげなよ」
「いや、それが……。峠を越えた夜、親父の元にお袋が訪れたっていうんだ。死ぬ前と変わらない姿で。服もあの地震が起きた日に着ていたものだったらしい。意識がはっきりしないにもかかわらず、親父はすぐお袋に気付いた。そして、話しかけられたんだって」
「話しかけられたって……」
「『いつまでも落ち込んでいないで、元気をだしなさい。私が病気を持って行ってあげるから。ね』といったとか」
 そこまで話した所で、従兄は声を詰まらせた。何度か咳をして誤魔化している。
「親父、お袋に世話を焼かせすぎだよ」